
火山灰交じりの砂嵐が砂漠の空を暗く染める。灰色の砂漠を駆けていくのは、ダチョウのようなシルエットを持つデザートランナー達だ。10歩先の景色も見えぬ砂塵も、このゴブル砂漠には珍しい天気ではない。砂漠の走り屋たちは意にも介さず走り続けた。どうせ前が見えたとしても、無慈悲なまでに無表情な砂の大地が続くだけなのだ。
その光景にまぎれて行軍を続ける影がある。何を隠そう、私とダルル盗賊団の面々である。折からの砂嵐は歩くには厄介だが、身を潜めねばならない盗賊たちにとってはのっけの幸いだった。少なくともこの嵐が止むまでの間、この行軍に気づく者は誰もいないだろう。
ゴブル砂漠はドルワーム領の一部。降り注ぐ砂の雨が上がれば、水晶宮の優美にして不可思議な影がここからでも見えるはずだ。逆もまた然り。空が晴れなら、今回の行軍が王立騎士団の目に留まる可能性は高かった。
「だとしても、あたし達を出し抜けるほど奴らは素早くないだろうけどね」
と、ダルルは笑う。
イスターが探し当てたチャムールの潜伏先は、この砂漠の片隅にある小さな洞窟だった。盗賊団のメンツにかけて、王立騎士団より先に事件を片付けねばならない。
ダルルは私の隣に立つと、私にしか聞こえない声で言った。
「もしこの状況であたし達が見つかるとしたら、誰かが手引きしたってことだろうね」
私は肩をすくめた。
私としては、ドルワーム騎士団に砂塵をものともしない優秀な斥候がいないことを願うばかりだ。
チャムールのアジトへの攻撃は、奇襲となった。
言うまでもなく、この砂嵐は騎士団だけでなく、彼の目を欺くのにも役立った。
浮き足立つチャムールを私と他数名の盗賊が取り囲み、ダルルと残る主力部隊がギャズモンを相手取る。戦いは乱戦となった。
チャムールの巨体が大地を揺らし、ギャズモンの炎が岩肌を黒く焦がす。一瞬のスキを突き、ギャズモンの燃える肉体から黒く光る宝石のようなものを奪い取ったのは、私と同時期に組織に入団した、若い盗賊だった。
新米ながら、この事件を追ううちにみるみる力をつけ、今ではダルルも自分以上と認めるほどの才気あふれる若者である。
ギャズモンが悲鳴を上げる。揺れる炎が盗賊たちの影を躍らせる。そして、若き盗賊が核石を握りしめると、黒炎の邪霊は虫の鳴くような哀れな声を残して跡形もなく消滅したかに見えた。
「ブデチョ氏の言葉は本当だったか」
チャムールに相対したまま横目でその光景を盗み見て、私は独りごちた。
炎の魔物のように見えるギャズモンだが、彼は体内に核と呼ばれる宝石のようなものを持ち、その宝石こそが彼の本体なのだ。核を奪えば、巌を焦がす炎も立ち消え、その力もまた失せ果てる。
もっとも、それには燃え盛る炎をものともしない精神力と、腕が燃える前に宝石を盗み取る超人的な速度、そして針をも通す正確な動きが求められる。成し遂げた新米盗賊はなるほど、ダルルが絶賛するだけのことはある人物だ。
この封印法を我々にレクチャーしてくれたのは、魔物に詳しいと自称する、ブデチョという名の初老のドワーフ男で、魔物学者の類には見えなかったが、その知識は確かなものだった。
「一体、どこでそういう人材を見つけてくるんだ?」
私はダルルに尋ねたが、彼女は困ったような顔ではぐらかすだけだった。どうも、訳ありらしい。それ以上は追及しなかった。
私とチャムールの戦いも、ギャズモンの消滅と共に終わりを迎えていた。
邪霊が消え去るとともにチャムールは吹抜けたような顔になり、次の瞬間、人面獣身の怪物から元の小柄なドワーフへと戻る。
盗賊たちの鞭がそこに容赦なく絡みつき、チャムールは再び簀巻きとなって捕えられたのだった。
「観念するんだね」
ダルルが勝利宣言すると、旅団の首領は意外にもあっさりと頷いた。ギャズモンの消滅と共に、彼の中の毒気までがすっかりと消え失せてしまったかのようだった。
その時である。
新米盗賊の掌の上にあるギャズモンハートが力強く輝き始めたのは……。