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ギラギラと、どす黒くも神々しい輝きが掌の上で揺れる。それはまさに心臓が揺れるような、赤黒の血を脈動させるような蠢きだった。
チャムールは怯えたように目をそむけた。一方、彼以外の全員が、その輝きに目を奪われた。
蠱惑的な薄桃色から、妖しくひきつける紫、心をえぐるような漆黒の輝き。その色彩は見る者の瞳と宝石の間を乱反射し、次第に視界全体がギャズモン・カラーに染まっていく。
そしてまるで自由と混沌をつかさどる神の声のように、そっと耳元で囁くのだ。
「汝の為したいように為すがよい」
と……。
禍々しくも誘惑的な囁き。
新人盗賊がその輝きを隠すように掌の内側に握りしめる。私はそれに感謝せねばならなかった。
輝きは掌の中に失せ、洞窟に闇が戻る。ギャズモンの囁きはもう聞こえない。私の周りでは、盗賊たちもほっとした表情で汗をぬぐっていた。
「その宝石を見てると、何も我慢しなくていいって気分になってくるんだ。言い訳じゃねえけど……」
真っ先に目を背けたチャムールの言葉が単なる言い逃れでないことは、この場にいる全員が身をもって理解していた。
ブデチョ氏の語るところによれば、このギャズモンはドワーフの歴史と共にあった魔物なのだという。永きに渡り様々なドワーフに寄生してはその欲望を吸い、対価として力を与えて共生してきたのだろう。著名な吟遊詩人の言に従うなら、ドワーフという種族は強欲で業の深い生き物とされている。ギャズモンにとっては、最高の"パートナー"というわけだ。
もっとも、私の知る限り、ドワーフが強欲というのは俗説に近い。ウェディは愛に生きる種族である、という話と同様だ。決して嘘ではないが……そもそも愛や欲望と無縁の生き方をする種族があり得るだろうか?
しいて言えば、すば抜けた収集欲を誇る兄弟の顔に、辛うじて心当たりがあるが……。
とりわけ、その弟の方……ガタラに居を構えるガラクタ城の主は印象的な人物だった。"価値のないモノ"に対する強すぎる執着心。強欲と呼ぶべきか、逆に無欲と呼ぶべきか……。
いうなれば、彼は誰よりもドワーフらしく、かつ、誰よりもドワーフらしくない男なのである。
閑話休題。話を戻す。
ともあれ、こうしてギャズモンの封印が成った今、残る後始末はチャムールの処遇である。
縛られたドワーフ男にダルルとその部下が一斉に視線を注ぐ。
法に照らし合わせれば間違いなく大罪だ。が、彼を取り囲むのは法の番人ではない。無法の守護者、地の底に潜み法の届かぬ領域を牛耳る盗賊たちだ。
そしてチャムールは、彼ら盗賊にその役割を与えた英雄の息子なのである。
彼らはこの罪人をいかに裁くか。私は何も言わずに見守った。
法の守護者たる王立騎士団はここには来ない。私が情報を秘匿したためだ。はっきり言えば騎士団を裏切った形になるのだが、今は"蛇"が先決だ。ダルルとの取引である。
「魔物にそそのかされたとはいえ、あたし達のナワバリでふざけたことやってくれたアンタだ。ケジメはつけてもらうよ」
「……覚悟してるよ」
半ば放心状態のチャムールは、もはや憎まれ口を叩く元気もない。項垂れたその頬に、ダルルは思い切り拳を叩きつけた。
すわ、私刑の始まりか! 私は顔を歪ませた。だがダルルが拳の先に続けたのは言葉による追い討ちだった。
「このバカ息子!」
「何……!?」
チャムールは腑抜けた顔に一瞬、暗い光を宿して顔を上げた。そこに待ち受けていたのは怒りに燃えるダルルの顔である。
「あんたの親御さんがどんな気持ちだったか、アンタにわかるかい!」
そして彼女は語った。マスク・ド・ムーチョとその妻の間に交わされた約束。確かな愛と、義賊であるが故の苦悩。
チャムールは唖然としてそれを聞いていた。私も同じだ。一瞬、作り話ではないか? とすら疑った。だが彼女の語りようは真に迫っていた。都合のよい作り話には思えなかった。
一体全体、どこからそんな情報を仕入れてきたのやら……地下組織の情報力は私の想像を絶するものである。
「結局……俺がバカだったってことか……」
今度こそ心から頭を垂れたチャムールは、それっきり何も言わなかった。
今更彼に同情するつもりは無いが……妻と夫の間で納得したことが、父と息子の間で同じように納得できるとは限らないのが現実だ。それにはいくらかの言葉と、多くの時間が必要なのだろう。
ふと、私は前の任務で起こしたトラブルのことを思い出していた。天涯孤独の男が、温かく幸せな家庭を見て、呟いた言葉……。
「あるいは、お前の言う通りなのかもしれんな……」
渇いた風が、洞窟の闇を貫いた。