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しばらく、言葉が途切れる。ガタン、ゴトンと箱舟を揺らす車輪の音と振動だけが座席に響いた。ガタラはもう遠く、火山灰の彼方に霞んで見えた。
「ダルル、一つ聞きたい」
沈黙を破り、私は尋ねた。
「いつから私を疑っていた?」
「最初からさ」
にんまりと笑みを浮かべて、ダルル。またも沈黙。カーブに差し掛かり、箱舟が大きく揺れる。
ややあって、ダルルは全く関係のない話を切り出した……ように、思えた。
「……チャムールには、随分辛辣だったね」
最初に彼と会った時の話だ。私はチャムールの罪を糾弾した。後から考えれば自分でも少々、やりすぎと思うくらいに……。
「いや、非難してるわけじゃない。あんたの言ったことは正しいさ」
ただ……と、口ごもり、視線を窓の外に飛ばした。
「あたしたちは皆、多かれ少なかれ脛に傷を持つ者の集まりさ。あんな風に、正しいことを堂々と主張できる奴を見ると……」
ふっと、寂しげな笑みが口元に浮かぶ。
「違うな、って思うのさ」
箱舟が揺れる。女盗賊の瞳もあわせて揺れた。
私は首を振った。
「……私もそれほど立派な生き方はしていない。ただ、感情的になっていただけさ」
私はある時期から、盗賊たちとの間に溝を感じ始めたことを思い出した。考えてみればあの時、私は盗賊を演じることを忘れていたように思う。
三度、沈黙。
やがて彼女は席を立つと、ここで降りる、と告げた。
駅まではまだ時間があるが、彼女の身のこなしの軽さを考えれば問題ではない。
彼女は去りぎわに一度だけ振り向くと、小さく別れを告げた。
「あばよ、シャレード」
それは私が盗賊団で使っていた偽名だった。
あばよ、シャレード。
私もまた胸の中で呟いた。
胸中に惜別の念が渦巻いたのは、ほんの一瞬のことだった。それ以上は、胸にしまった手紙の内容が許さない。
私は魔法戦士ミラージュに戻り、副団長に"蛇"の行方を報告せねばならないのだ。
この情報は今後の任務を大いに助けることだろう。
誰かが窓を開ける音がした。火山灰は止み、潮風が箱舟に流れ込む。
ガタラの影は、もう見えなかった。