砂の大河に鎮座する荘厳な四角錐。古代王の永の寝床にして冒険者たちのテーマパーク。ここはアルハリのピラミッド。
私はエルフのリルリラ、猫魔道のニャルベルトを伴い、いくつかの霊廟を巡り、本日の探索を終えたところである。
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入り口で我々を出迎えるのはミイラ男のジョーンズ。冒険者からは不要な秘宝の回収業者として認識されている。
私もちょくちょくお世話になっているのだが……実は彼に関して、前々から疑問に思っていたことが二点ほどある。
今日はその疑問を解明してみることにしよう。
一つ目はその台詞回し。
普段は友好的な態度で接してくれるの彼なのだが、何故、破片を渡すときだけ、「……受け渡し。」という妙に事務的な台詞になるのだろうか……
「え?」
エルフが首をかしげる。
「ニャ?」
猫も髭を撫でる。二人してわけがわからないという表情だ。
「いや、だからジョーンズの台詞がな……」
と、その台詞はリルリラの突き出した指に遮られた。
そして呆れ顔でチチチ……と指を振ると、エルフは手持ちのブローチを交換に出す。
「ミラージュ、よーく聞いててね」
ジョーンズは慣れた手つきでブローチをつまみ上げ、懐から黄金の破片を取り出した。
薄暗いピラミッド。揺れる照明の中、金色のジャンクをひとつまみ乗せて、ミイラ男のジョーンズはハッキリとこう言った。
「受け取レ」
……。
うけとれ。
確かにそう聞こえた。
少々発音は悪いが、彼はごく普通の言葉で喋っているだけだった。
「どーやったらアレが受け渡し、に聞こえるニャ?」
「ミラージュ、ちゃんと耳掃除してる?」
一人と一匹が呆れ顔で私を見つめていた。愕然。言葉に詰まる。私はずっと勘違いしていたのか……
だが思えば、彼と会う時はいつも連戦の後で疲れて果てていた。しかも連戦の相手は王家の墳墓を守護する不死身の墓守達である。
恐らく彼らの怨念と呪い、そして極度の疲労が私から冷静さを奪い、有りもしないおかしな言葉を聞かせていたのだろう。
「はいはい、そういうことにしておきます」
「いつものことだニャー」
ここぞとばかりにニヤニヤ笑う。ええい、オーガの首でもとったつもりか!
しかし思えば昔から、私はこの手の勘違いが多い。
旅を始めた頃、メギストリスをメギトリスと読み違えていたし、ナスビナーラはつい最近までナスビーラだと思っていた。
カンダタをカンタダと間違えるなど初歩の初歩。子供の頃に読んだ物語に登場した天を貫く巨塔「バブイルの塔」も、「バイブルの塔」と信じて疑わなかった。
実は他にも間違って覚えている言葉があるのでは……
「まあ、人生色々あるよ」
ポン、と肩を叩いたのは別のエルフだった。
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怪我もしていないのに全身に包帯を巻いた奇怪な出で立ち。一見、ジョーンズの同類に見えるが、ふわりと揺れる一房の桃色の髪と、背中に浮いた透明な羽根が、彼女が生身のエルフであることを示していた。
よく見れば身体の線が浮き彫りになるセクシーな衣装なのだが、それを全く感じさせないあたりが実にお見事である。
「……なんか遠まわしに馬鹿にしてない?」
エルフはクイッと眼鏡を上げる。
ぐるぐるの瓶底眼鏡はぐるぐる巻きの包帯に合わせたコーディネイトなのかと思っていたが、先日見せてくれたドレス姿でも変わらなかったところを見ると、どうやら素のようだ。
「いや、全く」
私は手を振って否定した。彼女に嫌われると、秘宝の鑑定結果が悪くなりそうだ。何しろ我々には見分けのつかない代物。専門家の手にかかればすり替えなど自由自在である。
尤も、彼女は秘宝を前にしてそういうことを考えられる娘ではないのだが。
彼女の名はヤヨイ。今更私が紹介するまでもなく冒険者にはよく知られた、秘宝鑑定家である。それなりに長い付き合いになるが、彼女がエルトナのさる名家の出身であることを知ったのは、つい先日のことだ。
弥生に水無月。皐月に文月。どうやら彼女の姉妹の名は、エルトナの古い暦に統一されているようだ。父がレキで母がコヨミというのは出来過ぎな気もするが……
ところが、彼女にはもう一つ、横の繋がりがある。
彼女の親友で、今はアラハギーロに滞在しているエルフのアスカ嬢がそれだ。
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弥生と飛鳥。これもまたエルトナの古い時代を表す言葉で、古墳探索を生業とする彼女には相応しい名前である。
さて、そこで、だ。
ジョーンズに対するもう一つの質問なのだが……。
飛鳥、弥生、そしてジョーンズ。
「……実は本名はジョーモンズじゃないのか?」
「ニンゲン、何言ってル」
ジョーンズの干からびた脳みそは、私の疑問に答えてはくれなかった。
どうやら、謎は謎のままで終わりそうである。