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汽笛を上げて、汽車がゆく。いかにもプクリポ好みな、デフォルメの利いたデザイン。灯りの洩れる窓の内側に乗客の姿は見えない。
あれは大陸間鉄道「大地の箱舟」ではない。大風車塔の外壁を彩るミニチュア・トレイン。どこに向かうことも無く風車の周りを巡り続ける遊具機械だ。風に吹かれて、ぐるぐると、まるでそれ自体が風車の一部であるかのように回り続ける。
トントンと苛立たしげに私の靴が足元を打つ。プクランド中央に位置するこのキラキラ大風車塔にて、私の捜査も堂々巡りに陥りつつあった。
最初のうちは順調そのものだった。宝物庫を襲った賊の足取りはあっさりと判明し、我々はこの風車塔に敵を追い詰めた。
そしていよいよ、犯人と思しき人物に迫ったのだが……
「人違いですよ」
容疑者は白けた口調でそう言った。
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メギストリスへの敵対行為、強大な力、複数犯、そして風車塔。
全ての証拠が彼らの有罪を示しているように思えたのだが……
「この私ならもっと巧妙な手段で奪いますよ。力任せの野蛮な犯行など、とんでもない!」
魔軍師の幻影は、さも迷惑千万という表情でかぶりを振った。かつて奸計をもってメギストリスを襲い、今は幻影として風車塔に留まる魔瘴の残り香たちだ。一応、彼らの持ち物を確認してみたが、それらしい書物は見つからなかった。そもそも幻影である彼らには現世の書物を持ち出す力など無いのだ。
これで捜査は振出しに戻ってしまった。いや、それだけならまだいい。
私は足踏みしつつ空を見つめていた。巡る列車は何度視界を横切っただろう。
「……遅い!」
ラッキィである。
私が魔軍師を追う間、空を飛べる彼は別行動で塔の吹き抜けを飛び回り、警戒の任にあたっていた。何か怪しい動きがあれば、すぐに私のところに戻ってくるはずだった。
それが、戻らない。
私の脳裏に、フラフラと景色に目を奪われるドラキーの奔放な姿が浮かんだ。目を離したのは失敗だったか? 彼にはまだ早すぎたのか?
それとも……
もう一つの想像が、私のフラストレーションを倍増させた。
煙を上げて汽車がゆく。黒煙を吸い込む空は、夜の色に染まっていった。
結局この日、ラッキィは戻らなかった。そして次の日から、私の探し人は一人増えることになったのである。
ラッキィの捜索は困難を極めた。何しろ遠目には他のドラキーと区別がつかない。野良ドラキーを一匹ずつ追い回して、顔を確認してみるか? 気が遠くなるような作業だ。
まして、今は事件の捜査中。時間だってとれそうにない。
悩んだ挙句。私は応援を頼むことにした。ヴェリナードにではない。エルトナのレンジャーギルドへ一報。
モリナラで働く私の友人と連絡が取れたのは幸運だった。彼は人探しにはうってつけの人材である。
「すまないな、急に呼びつけて」
「あなたが私に謝る必要はありません」
やってきた男は、感情を感じさせない、機械的な口調でそう言った。
「私はあなた方の役に立つべく作られた機械なのですから」
キラーマシンのジスカルドはモノアイを赤く光らせた。
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彼は私の友人で、時折こうして仕事を手伝ってもらっている。
マジックハンドでラッキィの写真を掴むと、カシャカシャと機械頭脳が音を立てた。映像を確認、記録。我々には区別のつかない他のドラキーとの微妙な違いも、彼には一目瞭然というわけだ。
「風車塔ではぐれたというなら、まずプクランドのどこかにはいるでしょう。ドラキーの翼は海を越えられるほど頑丈にはできていませんから」
ジスカルドは冷静に言った。常識的な意見だ。が、しかし。
「モーモンがあの翼でウェナからレンダーシアまで飛んでいったという証言もあるぞ」
「興味深い事実です。しかし、例外的な要素を考慮に加える前に、まずは一般的な捜査を行うべきでしょう」
「オーケイ、名探偵。君に任す」
こうして私は事件の犯人を、ジスカルドはラッキィをそれぞれ追うことになった。
そしてこの二つの追跡行は、意外な形で交わることになるのである。