ウェハースの壁に。ロールケーキの柱。家屋の屋根を赤く彩る飾りはストロベリー。私は水筒の水を喉に流し込んだ。この町では、景色を見ただけで口の中が甘ったるくなってしまう。
宝物庫襲撃犯の足取りを追う私は、プクランド南部オルフェア地方にたどり着いていた。
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宿の一室にて、これまでに手にした情報を整理する。大半は役に立たない噂話だったが、オルフェアのストリートキッズ、通称ダンダタ団の溜まり場を妙な人物が出入りしていたという話には興味がそそられる。特に、アジトの近くで発見された"大きな足跡"については……。少なくとのプクリポのものではない。オーガか、それ以上の体格の持ち主だ。
だが事情を徴収しようにも、相手は逃げ足の速さが身上の子供たち。迷路のように入り組んだオルフェアの裏路地は彼らのテリトリーである。
窓辺からロールケーキを眺めて溜息一つ。この町は見た目ほど甘くない。できればオルフェア市警のパクレ警部に協力を仰ぎたいところだったが、彼は別の事件を追っているらしく、不在だった。恐らくメギストリスの兵士達が追っているのと同じ事件だろう。
他に目ぼしい情報といえば、ここしばらくの間、オルフェアと風車塔を頻繁に行き来している無職の男について、乗合馬車の御者が証言してくれたことぐらいか。
オルフェアキッズがダメなら、そちらをあたってみるか……
そんな矢先、私の元を尋ねてきたのは、別行動でラッキィの行方を追っているはずのジスカルドだった。
「丁度、貴方がここに滞在していると聞きましたので」
どうやらラッキィを追う彼も、同じオルフェアにたどり着いたらしい。
と、いうことは……。
赤い目に目配せする。キラーマシンが微かに頷いたようだった。
「やはりラッキィは、犯人にさらわれたと思うか?」
当初から懸念していたことである。
「何者かと行動を共にしていることは確かなようです。これを」
と、ジスカルトは懐から小型の金属片……いや、箱のようなものを取り出した。
「何だ?」
「私が各地に仕掛けた盗聴機の記録です」
ジスカルドは彼自身の胸カバーを開いて、むき出しの機械装置を露出させた。手元の箱を同じ形のくぼみにはめ込む。スイッチ、再生。
しばらくは砂をかき混ぜるような耳障りな雑音が続いた。続いて、薄紙を切り裂くような高い音が断続的に響く。そして唐突に、耳鳴りが止むようにはっきりとした音声が聞こえてきた。
「キィ」
と一声。ラッキィ! 続いて別の音。
「……ってこいよな。頼んだぞ。な!な!」
野太い男の声だ。高圧的だが、どこか愛嬌がある。例えるなら、心の友に無茶な頼みを押し付けるガキ大将といったところか。
再び雑音。革をこすり合わせるような音が絡み合い、また別のやりとりへ。
「……でもう、お宝は頂いたようなもんだぜ!」
「キィ! キィ!」
まるで意気投合したかのようなラッキィの歓声が奇妙だ。悪い友人とでも付き合い始めたのか?
そして三度、音の嵐が駆け抜ける。嵐を抜けた先には、妙に鮮明な高い声。
「やりました! 無職の勝利です!」
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………。額に手を当てる。ラッキィの将来が心配になってきた。
「記録は以上です。この時点でのラッキィは、少なくとも身体的には無事のようです」
「ああ。別の方面が気になるが」
彼の交友関係をとやかく言うつもりは無いのだが……ともあれ、無事が確認できただけでも収穫だ。
「そして無職の男、か」
どうやら二つが一つに交わりそうな気配だ。早速、風車塔に出入りしていたという無職の男を訪ねてみるとしよう。
私が席を立とうとしたその瞬間だった。ジスカルドのモノアイが点滅し、何かを告げた。
私も一歩遅れて気づいた。と、同時に一瞬、呼吸が止まる。
窓の外に揺れる影。
私と目が合うと、身体の半分ほどもある大きな口が無邪気な笑みを浮かべた。
なんたる太平楽! こっちの気も知らずに。
音を立てて留め金を外すと、甲高い鳴き声が聞こえてきた。
「キィ」
するりともぐりこむ青い影。
第二の訪問者の入場である。