「キィ」
ドラキーのラッキィは短く鳴いた。
「ただいま、だとニャ」
通訳は猫魔道のニャルベルト。キラーマシンのジスカルドは、その後ろでやり取りを漏らさず記録する。
ここはジュレット、白亜の臨海都市。ラッキィを無事保護した我々は一旦、この自宅に戻ってきた。
波は高く、日も高く。太陽が本気を出し始めたのはここ一巡りほどのことだったが、すでに真夏日の日差しが街を覆っている。
私は汗をぬぐいつつため息をついた。
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「おかえり、と言いたいが」
「キィ?」
ラッキィはケロリとしたものだった。
無事を確認すると同時に、苛立ちが蘇ってきた。私はしかめっ面で腕を組んだ。
「どこへ行っていたんだ、ラッキィ。我々は任務中だったはずだぞ。勝手な行動は認められんのだ」
「キィ、キィ」
ばさばさと翼をはためかす。ニャルベルトに目配せ。
「ちゃんと仕事した、って言ってるニャ」
「ほう?」
目を細める。
「では説明してもらおうか」
私は腰をかがめて、目線をラッキィに合わせた。
「お前の後ろにいる新しい友達のことについてもな」
ちらりとラッキィの背後に視線をやる。黒光りする金属質な輝きがギラギラと降り注ぐ陽光を照らし返した。
「キィ」
ドラキーは一瞬後ろを振り返ると、翼をいっぱいに広げ、キィキィと語り始めた。
蝙蝠は語る。
風車塔で私と別行動をとったラッキィは、私が魔軍師を詰問する間、なんと事件の真犯人と遭遇していたというのだ。
私の元に逃げ帰ろうとしたラッキィだが、あえなく捕えられ、なし崩し的に犯人の一味に加えられてしまった。そう、カンタダ団の一員に。
「カンダタ、とはな……」
伝説に登場する有名な大盗賊の名前だが、果たして名を騙るだけの別人か、それとも……?
「キィ」
「そんなことは知らんだってニャ」
兎も角、彼はカンダタ団に入団する羽目になった。
カンダタの標的は"月の秘宝"なる伝説の財宝。メギストリスからあの本を盗んだのは、月へ行く方法を求めてのことだったらしい。
そう、プクランドの古い建築物、キラキラ大風車塔。その風車を使い……
「風車で空飛んで月まで行く計画だってニャ」
「ジスカルド」
「非合理的です」
「キィ」
キラーマシンからドラキーまで、一斉に頷いた。
カンダタも部下に諌められて自らの無謀を悟り、別の方法を考え出した。今度こそは実現可能な、科学的思考にのっとった方法を。
オルフェアの巨大遊具、ビッグホルン。あの噴出装置の性能を高め……
「一気に月まで飛んでいく計画だとニャ」
「ジスカルド」
「非合理的です」
「キィ?」
ラッキィは首をかしげた。彼の場合、体全体を傾ける仕草がそれだ。
「キィ、キィ」
「ちゃんと月まで行けた、って言ってるニャ」
「そんな阿呆な……」
ある有名な女科学者がこう言った。宇宙と私はナメちゃダメよ、と。彼らは一度、彼女に謝った方がいい。
私は後ろを向いてしゃがみこみ、ニャルベルトと額を突き合わせた。
「おいニャルベルト。ラッキィの奴、頭でも打ったんじゃあないのか?」
「ここはひとまず話を合わせるのニャ」
「キィ?」
さて、話は続く。舞台は月へ。
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ラッキィの見た月は、どこまでも続く夜の世界。木も水もなく風もない、ザラついた砂丘といくつものクレーターに覆われた銀色の大地だった。
風化した砂礫が蝙蝠の足元に殺風景な荒野を描く。それは命の残痕すら感じさせない、殺伐とした死の世界だ。
一方、頭上には満天の星が煌めく。夜空に宝石を散らしたような美のキャンバスが、月の静寂を彩る。
その空から、流星が一粒零れ、銀色の地平線に降り注いだ。瞬間、対照的な二つが交わり、調和する。途端にラッキィの意識は開け、月面は無限の幻想を秘めた神秘の空間へと変わった。
ラッキィは銀色のしじまに漂いながら、しばらくの間、キィとも言わずにその景色に目を奪われていた。
……以上、彼の話を元にした私の作文である。
果たして彼がそれほど詩的な気分に浸ったかどうかは知らないが、少なくとも景色に見惚れて痺れていたことは事実のようだ。
どういう因果か、ドラキー族は流星を呼ぶ術を使う。そんな彼と宇宙は相性が良いのだろうか。
やがてふわふわと、蝙蝠の翼が月を飛ぶ。飛んで飛んで、彼は辿り着いた。銀色の都へ。
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月世界の都にはウサギたちが慎ましく暮らしていた。残念ながら餅つきをするところは見られなかったそうだ。
だが、平和に暮らしていた彼女たち……男は一人もいない……に、今、危機が訪れようとしていた。
そう、恐るべき侵略者が……