ラッキィの話を聞き終え、私は一息ついた。
さて、これが作り話か真実か、その判断は難しい所だが……。
「キィ」
ドラキーが鳴いた。
「作り話じゃない、って言ってるニャ。証拠もあるだとニャ」
「証拠?」
「キィ」
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ラッキィは足元の黒い箱を翼の先で指さした。そういえば忘れていた。彼が月から持ち帰ったという謎の物体である。
チチチ……と、箱についた二つのガラス玉が機械的な光を放つ。それはジスカルドの赤い眼光とよく似ていた。
「キィキィ」
「侵略者が使ってた機械だって言ってるニャ」
黒い箱はラッキィに促されると、跳ね起きたようにその身を浮かせ、機械音と共に収納されていた手脚と、翼を展開した。
そして、ザラザラとした合成音でこう言った。
「切りキザム、です、ワ!」
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そして鋭利な刃物となった翼を回転……させようとして、バランスを崩して地面に落ちた。ぷすぷすと、鉄の灼けるような音がして煙を上げる。
「キィキィ」
「カンダタに壊されて、可哀想だから連れてきた、だってニャ」
「可哀想って、お前な……」
随分と物騒な台詞を吐いていたぞ、今。
壊した方が安全に見えるが……
「キィキィ!」
「わかった、そう興奮するな」
通訳なしで抗議を受け入れ、私はジスカルドに修理を促した。彼は修理用ロボットではないが、機械同士、簡単なメンテナンスぐらいはできるのだ。
修理開始。私は鳥型機械を覗き込む。
どう見てもただのアイアンクックにしか見えないのだが、ラッキィ曰く、月ではもっと黒くて緑だった、だそうだ。
名前は「レなんとか」……とりあえずレディとでもしておこうか。
「どうやら、我々とは異質の技術が使われているようですね」
ジスカルドがモノアイをぐるりと回す。苦戦しているようだ。
「直せるのか?」
「わからない部分が多すぎます」
「キィ……」
沈むドラキー。私は、とある有名な物語から一文を引用することにした。
「わかるように直せばいいんだ」
「なるほど」
キラーマシンは頷いた。
こうして、宇宙から来たレディは彼のよく知るメタッピー系列の技術を応用する形で修復され、生まれ変わることとなった。
「チチチ……」
黒光りするボディを振動させ、レディは翼を展開する。鳴り響く機械音。
「ありがとうゴザイマス、ワ!」
「キィ!」
ドラキーがその周りを飛びまわった。レディもまたくるくる回り、二人して踊るような構図になる。体格が近いせいなのか、気が合うらしい。仲睦まじいものだ。これにて一件落着か。
だが……
私の顔に一転して暗い影が浮かんだ。
なにしろ、私の仕事の方は全く進展していないのだ。
カンダタは何処へともなく去ってしまったし、盗まれた本もそのままだ。今更追いかけて捕まるカンダタでもないだろう。
こうなったら、彼が出没するという魔法の迷宮をしらみつぶしに探してみるか……?
「キィ」
と、レディの周りを飛び回っていたラッキィは、思い出したように声を上げ、懐から何かを取り出した。
ぼろぼろになった古い書物。まさしくメギストリスから盗み出されたそれだ。
「これをカンダタから?」
「キィ」
「だからちゃんと仕事した、って言ってるニャ」
ラッキィは得意げに空に跳ねた。
再び、メギストリス城。取り戻した書物を献上すると、国王代理は大袈裟な仕草で感謝の意を示した。
「もう見つからないと思ってたが、流石は魔法戦士団だな、頼りになるぜ。それにしても、一体どうやって見つけたんだ!?」
私は曖昧な笑みを浮かべた。とても信じてもらえそうにない。
せいぜい、月夜の笑い話。
嘘か誠か妄想か。蝙蝠だけが知っている。
窓の外に目をそらす。夜空には月が浮かび、ドラキーとメタッピーの影がそれを横切った。
ヴェリナードへの報告書にはどう記すべきか、目下、私の悩みはそこである。
***
「……と、いう話です」
夕暮れのザマ峠。私はリュートの音色を背景に、一連の事件を語り終えた。
旅人は演奏の手を止めると、瞳を閉じたまま頷いた。
「とても興味深い話だね」
「信じる、と?」
私は旅人の小さな横顔を覗き込んだ。
彼は長い髪を風になびかせて顔を上げた。
「君と私が出会ったことも、これと同じくらい不思議な話だとは思わないかい?」
穏やかな笑みを口元に浮かべ、彼は再びリュートを奏で始めた。不思議な音色に聞き惚れて、ラッキィは瞳を閉じた。
「この風の向こうに、私の知らない世界が広がっている。そう思うから、私は旅人なのさ」
見上げれば、空には星。不思議な旅人は歌を紡ぎ続ける。
月まで響けとばかりに、フォステイルは弦を爪弾いた。