「久しぶりね」
いつかと同じように、魔女の声が響く。
ス……と水晶玉が宙から降り、魔女が私の前に姿を現した。
「今度は前のようにはいかんぞ」
弓を構え、矢をつがえる。私の背後では酒場で雇ったバトルマスターがハンマーを構え、僧侶が精神を研ぎ澄ます。
そしてその少し上には……
フッ、と魔女が笑みをこぼした。
「その子が、貴方の切り札なの?」
「キィ」
ドラキーのラッキィが片翼を上げた。ふわふわと浮かびつつ、器用に尻尾で杖を構える。
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「こう見えても凄腕だ。甘く見るなよ」
「キィキィ」
ふわふわとラッキィもうなずく。イマイチ説得力に欠けるのは致し方なしか……
「あはっ、楽しみ!」
魔女の嘲笑が開戦の合図だった。
ラッキィは魔力の歌で援護を開始する。
私は対魔術の結界を張りつつ、矢継ぎ早に二階の魔物たちに矢を射かけた。倒すことが目的ではない。ラッキィとバトルマスターの標的をコントロールするためだ。
彼らが雑魚を片付ける間、私は魔女に向けて矢を射かける。魔力を帯びた矢が水晶玉を貫く。
「かすり傷ね」
余裕の表情。だが、これは布石だ。一旦、身を翻し、雑魚の掃討に加わる。矢を撃ち尽くしたところで二階の敵は沈黙した。
剣に持ち替え、再び魔女と相対する。
階段に陣取った魔女は階下の私を見下ろす。二階からは雑魚を片付けたバトルマスターが駆け付け、ドラキーは空中から彼女を捕捉。期せずして挟撃の形となった。
一斉攻撃を開始する。ハンマーによる無双の連撃が、宝珠により厚みを増した剣技が、フォースの力を帯びた流星が魔女を襲う。
やがてフォースブレイクが魔女を撃ち抜き、攻撃は苛烈さを増す。
だが、魔女の口元から笑みは消えない。グレイツェルはまだ余力を残していた。
「さあ、"ここから"よ」
魔女は鋭い眼光と共に片手を宙に掲げた。
魔女の左右に、彼女と同じ姿の陽炎がゆらめき始め……
……そこで彼女は、驚愕の表情を浮かべた。
大きく見開かれた魔女の瞳に映ったのは、色とりどりの混濁した魔力を帯び、宙に浮かび上がった魔法戦士の姿だった。
「悪いが、"ここまで"だ」
次の瞬間、私の肉体は激しく震動し、暴走した魔力が周囲に解き放たれた。
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マダンテの爆光が館を包み、あらゆるものをなぎ倒す。浮かび始めた陽炎も、魔女の肉体も……。グレイツェルは大きく弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。ノック・アウト!
後に残ったのは、ぐつぐつと煮えたぎる大鍋と、行き場を無くしたトマトの群れだった。
分身が現れる前に一気にけりをつける。この戦術は、私の独創ではない。同じチームに所属する冒険者、ユル殿が口にしていた「魔女を2発で倒す方法」からの発想だ。
彼女の戦術は不気味な光で魔女を弱らせたうえで、ドラキーの援護を受けた二人の魔法戦士が同時にフォースブレイクからのマダンテを放つというものだった。
酒場で雇った冒険者を使う場合、この戦術は使えないが、応用することはできる。つまり、魔女が本気を出す直前まで弱らせてからのマダンテである。
最初に射かけた矢はマジックアロー。前衛にハンマー使いを選んだのも、ブレードインパクトを期待してのことだ。いずれも不気味な光と同じ効果がある。
無論、事前の戦いで弓や剣を使うため、万全の状態でのマダンテは撃てないのだが、バトルマスター、ドラキーとの波状攻撃ならば魔女の体力を一気に奪うことができる。フォースブレイクは効いているのだから。
残った大鍋は普通に相手をしてもいいし、慎重に行くならばもう一度マダンテとフォースブレイクが撃てるようになるまで仲間に攻撃禁止を指示し、いまひとたびのマダンテで仕留めるのもいいだろう。茹でたハートが飛び出る暇もあるまい。
こうして私は勝利を手にした。
戦術を考え、準備し、実践して成功する。この達成感は単なる勝利よりも遥かに大きいものである。
「納得いかないわ!」
と、へそを曲げたのは、目を覚ました魔女だった。
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「悪役が本気を出す前に終わらせるなんて非常識よ! 様式美ってものがあるじゃない!」
背を向けて口をとがらせる。
「それが戦術というものだ」
反論すると、魔女はフン、と鼻を鳴らして消えていった。
どうやら私は英雄の代わりにはなれないらしい。
後に残ったのは三つの水晶玉。……よりによって引き取り値の低いブルーオーブだ。機嫌を損ねたからか? 苦笑しつつオーブを手にする。
グレイツェルの語る美学はともかくとして、今回は満足のいく戦いだった。何より、魔法戦士の長所を活かせたことが嬉しい。
さて、次は何を試してみるか……。挑戦の種は、いくらでも転がっているように思えた。
夜はこれから。
ラッキィは楽しげに宙を飛び回っていた。