「いいか、ニャルベルト。ニャルプンテ以外の呪文はすべて禁止だ。ばっちり頑張ってくれ」
「合点ニャ!」
目の前にそびえ立つのは五つ首の大蛇、そして竜とも鬼ともつかぬ赤い巨体。二匹の強豪に立ち向かうのは、魔法戦士の私、猫魔道のニャルベルト、そして酒場で雇った僧侶二名である。
僧侶たちはいずれも精霊王のクロークを身にまとった一流の冒険者だ。ジゴデインや各種ブレスを防ぐには、この装備が最善手だろう。できればニャルベルトにも同じものを着せたいが……本日は予算の都合で退魔装束である。いずれ購入を検討することにしよう。
さて、再挑戦となる今回、作戦はいたってシンプルだ。すなわち、ニャルベルトのニャルプンテでヤマタノオロチを眠らせ続け、その間に私が鬼を叩く。
正直なところ、魔法戦士一人でこの大物を倒すのは、かなりの手間なのだが……ニャルベルトに攻撃魔法を許可すればニャルプンテの手が止まるし、僧侶が二人いなければ大蛇が眠りから覚めた瞬間にパーティが壊滅する。いや、そもそも眠らせる前に全滅だろう。
私の見た限り、これがギリギリのラインなのだ。
「お前がバトルマスターにでもなった方が早いんじゃニャいか?」
「それを言うな」
苦い表情を浮かべる。正直に言えば、ニャルベルトの言うとおりである。
だが、自分の職業を魔法戦士に限定しないなら、そもそも私自身が眠らせ役をやればいいだけのこと。それを言ってはおしまいなのである。あくまで魔法戦士として、勝てる可能性を探りたいのだ。
「報酬は釣り合わないけどニャ」
「そこは目をつぶろう」
実利一点張りでは何事も貧しくなる。豊かな冒険生活を目指したいものだ。
「さて……」
前置きが長くなったが、いよいよ戦闘開始だ。緊張の一瞬、鞘から剣を抜き放つ……
「ニャーーーーッ!!」
勇ましくも真っ先に飛び出したニャルベルトが、気合の雄叫びと共に杖を高く掲げた。
五つ首の大蛇をめがけてそれを力強く振り下ろし……
「ニャ!」
ぽかり。
ヤマタノオロチの顔面にニャルベルトの杖が衝突した。
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「……?」
五つの首が顔を見合わせ、パチクリとまばたきする。
静寂。
……ニャルベルトよ、今、何をした?
「ニャ! 作戦通り、呪文使わず物理攻撃でバッチリ頑張るのニャ!」
……違う。そうじゃない。
白けた空気を掻き消したのは、大鬼が鳴らした地響きの音だ。続いて、大蛇も慌てたように火球を吐き出す。途端に、乱戦!
「ニャルベルト、ふざけてる場合じゃ……!」
「ニャーッ!!」
私が抗議の声を上げるのと、ニャルベルトが目を回して倒れたのがほぼ同時だった。ええい、お前が寝てどうする!
僧侶たちはよく支えたが、しょせん、三人がかりで支えきれなかったものを二人で支えきれるものではない。ほどなくして、我々は眩い閃光に包まれ、弾かれるように本の世界から追い出された。
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「……これは相談だが、ニャルベルト」
私は頭を抱えんばかりの深い苦悩を眉間に刻み、ため息をついた。
「殴り掛かるのも禁止というのはどうだろう」
「それは無理だニャ」
どキッパリと猫は言う。
「魔物としての沽券に係わるのニャ」
「そういうモノか?」
ニャルベルトとは随分長い付き合いだが、まだお互いの知らないところがたくさんあるらしい。……まったく、厄介な!
こうなれば色々と作戦を試してみるしかない。
「ニャルベルト、戦闘は私に任せろ!」
「アイアイニャー!」
再度の挑戦。
降り注ぐ雷撃。迫りくる大鬼の猛攻。僧侶たちが回復の呪文を唱え、私は必至で応戦する。
「大変だニャー」
猫は傍観。
「ニャルベルト……ニャルプンテを」
「お前に任すニャ」
プイとそっぽを向く。杖で殴るのをやめる代わり、ニャルプンテも使わないらしい。
どうしてこう融通が利かんのだ!
「つまりな、ニャルプンテは使い、それ以外は傍観、という形に……」
「知らんニャー!」
何を言い聞かせても猫の耳に念仏だ。もはや万策尽き果てた。
「……わかった。もうあれこれと指示は出さん。色々やってみろ」
「任せるニャー!」
そして、再戦!
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「ニャルプンテニャルプンテニャルプンテニャルプンテーーーー!!」
猫は七色の光を無尽蔵に飛ばし始めた。
……どういう性格をしているんだ、この猫は。
ニャルベルトとは随分長い付き合いだが、まだお互いの知らないところがたくさんあるらしい。
ああ、本当に!