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ともあれ、これでニャルプンテを優先的に使わせる方法は見つかった。たまに杖で殴り掛かることもあるが、辛うじて許容範囲内だ。
勿論、ニャルプンテは必ず効くわけではない。運に左右される。大蛇が眠る前に敵が猛攻を仕掛けてきたら、それまでである。
正直なところ、序盤はかなり運任せになる。何度も挑戦するしかない。
首尾よく大蛇を寝付かせて、僧侶たちが態勢を整えたなら、第一段階突破。後は私が鬼棍蔵を倒せるかどうかだ。
この赤鬼は、見た目通りかなりのタフネスを誇る。長期戦は避けられそうにない。
当然、放っておけばその間に大蛇は目を覚ます。ニャルベルトには、常にニャルプンテを唱え続けて、眠りを継続してもらわねばならない。
この際、最も重要なのは、私が大蛇から離れないことである。
私が大蛇の側を離れれば、鬼も当然、大蛇から離れる。距離が開けば、ニャルプンテが大蛇を巻き込めなくなってしまう。
奇妙な話だが、眠っている大蛇の側で足を止め、彼の耳元で剣と盾を打ち鳴らして戦うことが、大蛇を起こさないための最善の方法なのだ。
それでも時折、大蛇は目を覚ます。この場合はニャルベルトが早めに寝かしつけてくれることを祈るのみだ。もし、鬼の一撃で猫が倒された隙に大蛇が起きてしまったら……実は一度、そんな場面があった。
僧侶の踏ん張りで辛うじて助かったものの、見ているしかできない私は心臓が止まりそうな思いだった。
つくづく、魔法戦士には味方を守り、戦局を安定させる力が無いことを実感する。私にできるのは、準備を整えることだけだ。酒場で厳選した僧侶達は、素晴らしい働きをしてくれた。
こうして……悪戦苦闘の末、ようやく私の剣が鬼棍蔵を打ち倒す。後には眠り続ける大蛇だけが残った。
ここからが第三段階。ほぼ勝ちは確定したかに見えるが、それでもヤマタノオロチは油断ならない相手である。ブレイクブレスからのジゴデインは、文字通り一撃必殺の威力を持つ。
まずは相手を眠らせたまま、補助呪文で身を固める。おもむろに杖に持ち替え、聖水で魔法力を回復し……準備完了!
杖の先から理力を飛ばす。五つ首に五色の光が絡みつき、フォースブレイクが炸裂する。叩き起こされたオロチの不機嫌そうな顔に、すぐさまマダンテ、ダークネスショット、シャイニングボウそして超隼斬りを叩き込む。
寝起きの大蛇は暴れだすが……今、この瞬間もニャルベルトは任務を遂行し続けているのだ。
「ニャルプンテニャルプンテニャルプンテニャルプンテーーーー!!」
ほどなくして、大蛇は眠る。戦場に響く高イビキ。休憩の時間だ。
フォースブレイクが効いている間だけ、起きることを許可する。後の時間は眠っててくれ。
次の攻撃は、もう一度フォースブレイクを使えるようになってからである。
「お前って、ホントにセコい奴だニャー」
「これが戦術というものだ」
「ま、吾輩は別にいいけどニャ」
ポカリ。と、杖が何かを叩いた。
ムクリ。と、影がゆらめく。
……ニャルベルトよ、今、何を叩いた?
「シャギャアアーーー!!」
いきり立つ五つ首。ああ猫よ! 何故今、この状況で大蛇を殴ったのか!?
「ニャ。いろいろやってみたのニャ」
したり顔の猫1匹。
……違う、そうじゃない。
慌てふためき、必死で逃げ回り……結局、次のニャルプンテで大蛇は沈静化。まったく、心臓に悪い……
「なかなかのスリルだったニャー」
「お前の心臓は何で出来てるんだ……」
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こうして、気紛れな猫の杖殴りに振り回されつつも、私はヤマタノオロチ討伐に成功した。
世界樹の葉こそ使わなかったものの、聖水は惜しみなくふるまった。当然、報酬のゴールドでまかなえるわけもない。大赤字である。達成感だけが真の報酬だ。
魔法戦士が唯一の攻撃役、という点も新鮮だった。普段とは違う戦い方ができるのも、こうした挑戦の醍醐味である。
もっとも、今回の主役は私ではなくニャルベルトだったのだが。
冒険者達のレベルアップにより最近では影が薄くなりがちな魔物たちだが、こうした挑戦においてはかけがえのない戦力である。久しぶりに大暴れしたニャルベルトも、満足してくれただろう。
さて、次はどんな敵に挑戦してみようか。
次はどんな戦術が、どんな技能が、どんな魔物が脚光を浴びるのか。
想像するのも、また楽しいものである。