書庫の探索を続けると、棚の中に一つ、毛色の違った背表紙が混ざっていることに私は気づいた。
取り出してみると、明らかに他の書物とは時代が違う……と、いっても、相当に古いことに変わりはないが……
調査員が解読すると、そこには我々のよく知る名前が刻まれていた。
ラーディス王。ウェナに歴史における最後の男王であり、最高の剣士でもあり、詩人であり、また機械技術にも精通していたという、天に二物も三物も与えられた人物である。
彼に不足していたものといえば、王としての責任感ぐらいだろうか。彼が重責に耐えかね、妻であるヴェリーナ妃に王位を譲ったことからヴェリナードの女王制が始まる。
ま、それはともかくとして……
その記録書によれば、この遺跡はラーディス王の時代……ざっと500年ほど前……には、既に遺跡と呼ばれていたらしい。
あの機械兵士といい、塔に仕掛けられた装置といい、ラーディス王好みの遺跡であったことは容易に想像がつく。
彼はこの遺跡に使われていた装置を応用することでラーディス王島の波音神殿……今は知恵の眠る遺跡と呼ばれている場所だ……を完成させたそうだが、裏を返せばその時代、既にこの遺跡に使われた技術は失伝していたということになる。一体、どれほど古い遺跡なのだろうか……。
古代の機械文明といえばドワチャッカが有名だが、我がウェナも負けてはいなかったようだ。
それにしても……
この記録は、どう考えてもラーディス王が遺跡を調査した際の調査記録である。
何故、その記録がヴェリナードではなく遺跡の方に残っているのだろうか。
リンジャハル遺跡の時もそうだったが、古代アストルティアの探索者には、自分の探索記録を探索した場所の方に残す習慣でもあったのだろうか……。あまり良いマナーとは言えない。遺跡を何だと思っているのか。
……ま、セーリア様には、良い土産ができたことになるか。
私は巫女姫のしっとりとした黒髪を思い浮かべつつ、書庫を後にした。
次に我々が辿り着いた広間は、どうやら墓地らしかった。
整然と並べられた墓石。
かつてはしめやかな空気に包まれていたのであろうこの地も、時間という無遠慮な侵略者に蹂躙され、今は墓碑銘すらかすれて容易には読み取れない有様だ。
死者を弔う鐘だけが今も変わらぬ美しい音色を響かせている。
朽ちたとはいえ、かなり丁重な墓地である。ここに弔われた死者たちは、みな、かなりの身分の人物だったようだ。おそらくは有力な貴族、あるいは王族に連なるものかもしれない。
だが一方で、調査団は遺跡内から不穏なメッセージを発見していた。
この地は牢獄である、と。
別の場所で発見された石碑にも、それを思わせる碑文が刻まれていた。
曰く「紫雲の珊瑚の光にて、乾いた心、潤したまえ」
石碑の語る通り、幻想的な光を放つ美しい珊瑚に包まれたその一帯は、安らぎの庭園と名付けられていたらしい。咎なくして囚われの身になったという高貴な囚人の心を潤す癒し手というわけだ。
そして今、時は流れ、癒されるべき者は去り、癒し手だけが後に残った。美しくも寂しげな紫の光が、湿った空気を照らし続けていた。
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それにしても、奇妙な話だ。
牢獄と呼ぶには、この施設は豪華すぎる。大量の書物を治めた書庫があり、心を休める豪華な庭園があり、死者を弔う寝床すら用意されている。大貴族のお屋敷と言った風情だ。
また、残された記録によれば、囚われた主に仕える者も、数多く施設内にいたらしい。
恐らく、ここは彼が囚人となる前から暮らしていた屋敷なのだろう。囚われた、というのも自宅謹慎の類、エルトナ式に言えばチッキョ、ヘイモンといった処罰だったのではないだろうか。
では、囚われた彼の罪状は一体何だったのか……
残念ながら、それを語る物も語る者も、遺跡には残されていなかった。