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さて、最後に訪れたのは三つの塔に囲まれた中央の施設である。
この部屋の扉は厳重な仕掛けに守られていた。三つの塔に設置された鐘の音を、同じくそれぞれに設置された音叉に共鳴させると、遺跡を見下ろす女神像が一つずつ、道を開いていく。
荘厳な鐘の音、響き震える音叉、燐光を放つ女神たち。半ば儀式めいた難解な手順を踏み、女神の許しを得てようやくお目通りが許される。
これだけの仕掛けで守られているからには、さぞ豪華な財宝か、あるいは古代に信仰されていた神の像でも待ち受けているのかと、期待してしまうところだが……
待っていたのはガランとした殺風景な部屋だった。
この部屋は、先の事件の「現場」でもあるが、今はその名残りすらない。
調査団の見立てによると、この部屋は何らかの工房らしいとのことだ。部屋の隅に散らばった機械の骨組みやバラバラのパーツがそれを肯定している。
だが、あれだけ大袈裟な仕掛けで施錠した施設がただの工房とは思えない。余程、危険なものでも作成していたのだろうか。
それらしい遺物といえば……。
チチチ、と促すレディの声に従い、私は頭上に目をやる。
視界に映りこんできたのは、宙吊りになった不恰好な機械人形だった。
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飾り気のないシンプルな造形、パッチワークめいた無骨なビス止め跡。無表情な頭部からは奇妙な愛嬌が漂っていた。
武器の類は見当たらず、外を徘徊する機械兵士たちと比べてすらプリミティブな印象を受けるその人形は、三重の仕掛けをもって秘匿するには全く相応しくないガラクタのように見えた。
四肢の内、辛うじて形を保っているのは左腕と右足の付け根のみ。長い年月の末、破壊されたのか、あるいは作りかけで放置されたのか。
「後者の可能性が高いと思われます」
ジスカルドは壁を指さしてそう言った。なるほど、よく見れば散らばっているパーツは、彼の残りの四肢らしい。集めれば組み立てることも不可能ではなさそうだったが、どんな危険があるかもわからない。
調査員たちは相談のうえ、一旦、保留としたようだ。
それにしても、あの鉄球のような肩パーツは、どこかで見たような……。
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いや、まさか。それ以外の造形が違いすぎる。私は慌ててその妄想を振り払った。
もし、あんな化け物を作ろうとしていたのであれば、この塔の主が幽閉されるのも無理からぬことではあるが……。
「むしろ、こちらのデータの方が近いように見えます」
ジスカルドが示したのは、かつてラーディス王が作り出したという機械兵士のデータだった。
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なるほど。顔といい肩といい、言われてみれば共通点がある。
ラーディス王がこの遺跡から持ち出したのは音叉の技術だけではなかった……ということだろうか。
ともあれ、この遺跡にはまだまだ謎が残っている。その全てが明かされるのはいつの日か。
首を長くして次の発見を待つことにしよう。
「……ところで、フレンド・ミラージュ。何故あなたは事件の捜査を外されたのでしょうか?」
と、ジスカルドがぶしつけにそう聞いた。ム……と私は顔をしかめた。
この遺跡で起きた事件について、私は今のところノータッチである。事件現場であるこの部屋に入るのも、今回が初めてだ。実際、他の団員や冒険者たちに後れを取っている。
もちろん、その分、手薄になった各地の事件やバックアップ任務を担当しているのであって、決して遊んでいるわけではない。
単なる組織上の役割分担、と言いたいところなのだが……。
「この男だよ」
私は一枚の写真を取り出した。ジスカルドの赤いモノアイがそれを認識し、点滅した。
「件の事件で行方不明になった男性ですね」
私は頷き、言葉を一つ付け加えた。
「私の友人だ」