「直らないのか?」
私は尋ねた。
「直す必要がありません」
キラーマシンのジスカルドは淡々とした、しかし有無を言わさぬ口調でそう答えた。
「そういうものか」
「ええ」
私は目の前に横たわる無骨な機械人形を見下ろした。
ジスカルドは彼の肩に手をやり、中途半端に持ち上げられていた腕を下ろさせた。私にはそれが弔いの仕草に見えた。
ここはドワチャッカ大陸、カルサドラ火山の北東に広がるダラズ採掘場。
かつては国家規模で大がかり採掘がおこなわれていたこの地も今では放棄されて久しく、無骨な石切跡を砂嵐とウイングタイガーが駆け抜けるばかりだ。陽光を遮る砂塵により空は常に薄暗く、乾いた風に混ざった砂粒が、訪れる者の身体を容赦なく乱れ撃つ。
そんなダラズにあって私の目の前に広がる空間は、さながら地上の楽園のようだった。
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鮮やかな緑が大地を覆い、空は澄んだ青に染まる。
月から零れ落ちたかのような清水が細い滝となって川へと注がれ、庭園を横切っていくのが見えた。
古びた石橋を渡り、流れの行く末に目をやれば、月明かりを映し、きらきらと青く輝く水が幻想的な海へと流れ落ちていく。
砂塵の流出を防ぐ防砂ダムと連立して建てられた太古の巨大建築物、通称ダラリア砂岩遺跡。この遺跡を調査していた我々は、探索の果てにこの庭園へとたどり着いた。
ダラズには珍しい、いやドワチャッカ全体を見渡しても他に類を見ない景色である。おそらく古代のドワーフたちにとっても、掛け替えのない憩いの庭だったに違いない。
そんな庭園の奥で我々が発見したのは、機能を停止した一体の機械兵士だった。
さらさらと流れる水音と、混じりけのない涼しげな風が、もう動かない兵士の身体を優しく撫でた。
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「彼は自分の役割を終えたのです」
ジスカルドは言った。
「あなたが彼の新しいマスターとなり、新たな役割を彼に与えるというなら、フレンド・ミラージュ。私は彼を直しましょう。しかしそうでないなら、それは無意味なことです」
ロボットの赤い単眼が私をゆっくりと見上げた。何故か責められているような気分になり、私は首を振った。
「いや……ただの好奇心だ。忘れてくれ」
彼にとって、いたずらな修復は、使命を全うしたロボットに対する侮辱……なのだろうか? ロボットに名誉という考え方があるなら、の話だが。
私はふと、以前訪れた廃村で出会った一匹の生き物のことを思い出した。
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彼もまた使命を与えられて生み出された魔法生物である。長い時を経てそれを果たし、今は何もすることがなくなったと、そう語っていた。彼の眠たげな瞳は誇らしげにも見え、虚無的にも見えた。
帽子には、満面の笑みを浮かべる花飾り……
私はもう一度、物言わぬ魔神兵の顔を見つめた。恐らく作られた時と全く同じであろうその顔は、月光に照らされ、安らかに眠っているようだった。
自分の存在意義を完璧に遂行し終えた時、創られたモノは何を思うのだろう。
恐らく隣にいる私の友人にとって、その命題は無縁のものもに違いない。彼に与えられた使命は「人の役に立て」という壮大にして曖昧なものなのだから。
だが……私はふと思いついて、訪ねた。
「もし全人類が滅びたら、ジスカルド。君は何をする?」
ジスカルドは目を伏せるように静かにモノアイを消灯した。そして
「……わかりません」
このロボットにしては珍しく、そう言って首を振った。
「あなたなら、どうなさいますか。フレンド・ミラージュ」
赤い光が単眼に宿り、じっと私を見つめた。
「さあ……わからんな」
私はオウム返しにそう言った。こちらは、全く珍しいことではない。
さらさらと、小川は流れ続ける。
背後では砂を運ぶ昇降機が無機質な声を上げて、今なお、その役割を果たし続けていた。