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物事が前に進む時、必ず戦いが起こる。いつから決まっているのか知らないが、アストルティアは常にそうして時代を未来へと進めてきた。それが悲しいことなのかどうか、アストルティアの外でも同じなのかどうか、私にはわからない。
確かなことは、目の前の敵を倒さなければここから先に進めないということだけだ。
灼熱の夕陽が空を染め上げた。残照が雲を照らし、まだら模様を描く。それは何かの予兆のように神々しく、神秘的で、美しい。
私は一歩、歩を進めた。
それがどんなに美しい景色でも、永遠にそれだけを見続けるのは愚かなことだと誰かが言った。
柄元に手をあて、さらりと剣を抜く。問題はこの剣が、未来を切り開くに十分な切れ味を持っているかどうかである。
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「ウェディか……」
その男は白いフードの奥に鋭い眼光を灯し、私を一瞥した。
ウェディの私を優に凌ぐ巨体が振りかえる。夕陽を背景に、渇いた風が通り過ぎた。ここは奈落の門。エテーネ島のはるか上空、飛竜の翼をもってしても易々とは辿り着けない空中神殿である。男が威圧的に一歩踏み込むと、石畳がひび割れ、浮遊石のかけらが宙に舞った。
八王会議から諸国の首脳を悩ませ続けてきた連続襲撃犯、"蛇"。……今は竜将アンテロと名が判明している。私はその男と、たった一人で対峙していた。
「もうウェディに用は無い。それとも、主君を取り戻しにでも来たか? 我が知略に敗れたヴェリナードの魔法戦士よ」
フン……と、私は笑みを浮かべた。あの男は、まだ"王子"をさらったつもりでいる。彼にとってそれが"目当てのもの"だったとしても、全てをお見通しというわけにはいかなかったのだ。
これまで散々翻弄してくれたが、敵も全知全能ではない。そのことがささやかながら私を勇気づけた。
「何がおかしい?」
「いや……知略を売りにする割には、ランガーオではお粗末だったと思ってな」
肩をすくめる。
我がヴェリナードに対しては偽の石板まで用意し、回りくどく罠を仕掛けた周到さに対し、ランガーオに対しては大まかな見当をつけて力押しで襲撃するという、同一人物の犯行とは思えない雑な作戦をこの男は実行して見せた。
結果、ランガーオの被害も少なくはなかったが、彼自身、目的を達することはできなかった。明らかに悪手。
「指揮官が変わったか? それとも……焦る理由でもできたか」
赤と緑、道化師のような衣装に身を包んだ人物の姿が脳裏に浮かぶ、
「貴様に答える必要はない」
冷徹に言い放つと、男は万力のような力を込めて拳を握った。押しつぶされたように重い空気が周囲に漂う。
「一人で乗り込んできたその忠誠心は認めるが、勇気と無謀をはき違えたな」
「忠誠、か」
私は空気を打ち払うように剣を掲げた。旧友の顔をちらりと思い浮かべる。
「お前が攫った"王子"とは喧嘩の途中でな。決着がつかなかった。悔しいが、腕は互角だったらしい。そのうち続きをやりたいと思っていたところに、とんだ邪魔が入ったというわけだ」
私は空をなで斬るように剣をまっすぐとおろし、敵の喉元に向けて突き付けた。
「無粋の極みだな、竜族!」
「蛮族の野蛮な風習か」
アンテロはせせら笑うと、半身にして拳を構えた。竜将の格闘術はランガーオで証明済みだ。格闘王と名高い村王クリフゲーンやその娘マイユすら圧倒したという彼奴の力は、決して侮れない。
だが所詮は拳と剣。リーチの差がある。私は慎重に間合いを詰めつつ、彼奴の体格と構えからその制空圏を見極める。そして私の身体がその領域に達する一歩前……先んじて仕掛ける!