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◆ ◆
虚脱……。広がる閃光を見つめながら、私は全魔力が抜け落ちたのを感じ、思わず膝をつきそうになった。満身創痍。
夕陽はまだ先ほどと同じ、灼けるような雲模様を描いたままだった。激しい、しかし一瞬の戦いだった。
だが……
霧が晴れるようにして閃光が静まった時、私が見たのは残酷な光景だった。
浮かび上がる影。傲岸不遜な笑み。
「今のが貴様の切り札か?」
アンテロは体中から血を吹きだしつつも、まだ両の脚で神殿の床を踏みしめていた。
既にローブは千切れ飛び、武人としての闘衣と竜の鱗だけが彼を包んでいた。魔族のような二本の角と、青く染まった肌。竜族の逞しい肉体は、マダンテの衝撃にすら耐えて見せたのだ。
「ならばこちらも面白いものを見せてやろう」
彼は両の拳を合わせ、私の方へと突き出した。掌が、竜の口のように大きく開かれる。その内側には、まさに竜の息吹の如く獰猛なエネルギーが渦巻いていた。
「脆弱なり、アストルティア!」
気合と共に、それが私へと放たれる。全てを貫く閃光が私の身体を包んだ。武器も魔力も失った私に、それを避けるすべはない。衝撃が突き抜ける。
意識が一瞬、途切れた。いや、それが一瞬だったのかどうか、知るすべは私にはない。次に私が見たのは、血のように真っ赤に染まった空。まだらに染まる雲。神殿のふちで、空を見上げる自分だった。
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もう一歩、位置が悪ければ落下は免れなかっただろう。私は自分の幸運に感謝した。
……もっとも、それを幸運と呼べるかどうか。足音が近づいてくる。アンテロは確実にとどめを刺すだろう。
脳裏に浮かぶのは、古い友人……ヒューザのことだった。
レーンの村で剣技を競い合った日々。レーンを旅立ってからの何度かの邂逅。そしてつい先日、お互いムキになっての、殴り合いの喧嘩。
「互角だった……」
私は小さく呟いた。
「悔しいが、互角……」
竜将はその言葉に訝しげに足を止めたが、
「いまわの際の戯言か……」
すぐに前進を再開した。
私とヒューザの腕前が互角なら、ヒューザが勝てなかった相手に私が勝てるはずもない。
こうなることは分かっていた。やる前から、わかっていたのだ。
こうなることは……
足音が間近に迫る。
「……わかっていた!」
「何ッ!?」
私は体をバネにして上半身を起こすと、素早く手元で印を組んだ。
竜将は一瞬、警戒する。マダンテが頭をよぎったに違いない。だが、私が掌から放ったのは、マダンテと比べればほんのかすかな、絞り出すような五つ色の光だった。
わずかな衝撃と共に、それは竜族の身体に印を刻む。
「ムウ!?」
違和感に顔をしかめつつも、アンテロは拳を振り上げた。
「ええい、最後の悪あがきか!」
構わず、とどめの拳を振り下ろす……その時だった。
巨大な影がアンテロの頭上を覆った。
「何だ……?」
振りかえる。竜将が見たのは、鮮やかに空を舞う飛竜の姿。
続いて、小さな影が四つ、その背中から飛び降りた。
私は空に拳を掲げ、輝く理力をその影たちへと届ける。
フォースの力を帯びた冒険者たちは雄たけびを上げ、一気呵成に竜将へと襲い掛かった。