○月×日
夏もやや盛りを過ぎ、一頃は猛威を振るった太陽もようやく大人しくなりつつある。明らかに時期を逃してオープンしたジュレットの海水浴場は、早くも寂しい波の音を空しく響かせていた。
秋近し。町を吹く風にも、そんな空気が混ざり始めた。
もっとも、今しがた私の横顔を殴りつけた風は、そんな空気を微塵も感じさせない、殺伐とした熱風である。
空を見上げれば、入道雲の代わりに渦巻く炎がそびえ立ち、その奥には青空の代わりに底知れぬ闇が蠢く。
かつて、レンダーシアを訪れた際にも、その空模様に驚かされたものだったが、異常性においては明らかにそれ以上だ。
文字通りの炎天下。私の額から汗が消えることは当分なさそうだ。
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ここは竜の国ナドラガンド。勇者の盟友の手によって開かれた奈落の門を通り、既に多くの冒険者達がこの地を訪れていた。
私も魔法戦士団の一員として指令を受け、この地の探索に加わっている。もちろん、最終的な目的は連れさられた「器」の捜索だが、まずはナドラガンドがどんな世界なのか、それ自体を知らないことにはどうしようもない。そしてまた、勝手の分からぬ状態でこちらの動きを敵に知られるのも避けたい。
そういうわけで、私も表向き、新世界へ乗り込む好奇心旺盛な冒険者の一人、という立場でここへやってきた。
「まあ、実際大して変わんないしね」
お供の僧侶、リルリラは霧吹きで冷水を体にふりかけながら言った。
「観光地としては、いささか期待外れだがな」
私はため息をついた。その拍子に、汗が顎をつたって流れ落ちる。汗を受け止めた地面はジュッと乾いた音を立て、瞬く間にその汗を蒸発させてしまった。
炎の地獄。それが、ナドラガンドの第一印象だった。
火山帯にも似た灼熱の大地が見渡す限り広がっている。赤茶けた岩肌の切れ目からは時折火の粉が舞い、足元を焦がす。山道から谷間を見下ろせば、そこにはやはり炎の大河。
極め付けが、頭上の景色だ。ナドラガンドには、太陽も青空もないのだろうか。溜息一つ。灼熱の空を見上げ、早くも私は真っ青なウェナの空を懐かしく思うのだった。