村の入り口付近は広場になっており、その中央には背の低い円筒状のオブジェが、地面に突き立てるように設置されていた。近寄ると、オブジェは威嚇するように獰猛な炎を噴き上げた。慌てて下がる!
周囲の村人たちは飛び退いた私にちらりと目をやったが、私が視線を返すと、口元に浮かんだ笑みを隠すように目をそらし、お互いの会話へと戻っていった。
見ればオブジェの周りには数人の村人が集まり、何がしか話し合っている。いずれも年配の女性で、もちろん全員が竜族である。
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「こんにちは、おばさま」
声をかけたのは僧侶のリルリラ。人懐っこい彼女の性分は情報収集に適任だった。子供のようなエルフ体型も、警戒されがちな異邦人にとっては得難い天性である。
「あら、おばさまだって」
高く風が吹くような笑い声が上がった。
「こんな田舎でそんなお上品な言葉、久しぶりねえ」
「でも、おばさまっていうより、そろそろお婆さまよねえ」
マダム・ドラゴン。おばさま方が笑い合う。
「ウチの母よりずっと若く見えますよ」
如才なく、リルリラ。口の回る娘なのだ。私は傍観。
「何をなさってるですか?」
「井戸端会議」
「井戸?」
周囲を見渡す。またもオブジェが火を噴いた。
「そこで火を噴いてるのが井戸さ」
なんだって……? 丸くなった私の目を見て、再び笑いが巻き起こる。
「そうそう、火吹きの合間を縫って素早く水をくむのさ」
私とリルリラは"井戸"に目をやり、ややあって顔を見合わせた。
途端に熱風が爆ぜるような大爆笑。
「嘘さ!ハーハハ!」
「その井戸はもう枯れ井戸だよ!」
「井戸は枯れても井戸端会議ってね」
やれやれ、ご婦人がたのお慰み、か。タチの悪い冗談がお好みらしい。これが平均的な竜族の姿だとしたら、さぞかし愉快な種族だろうが……。
「喉が渇いたなら水汲みはアッチ」
指さした方向には、わずかな湧き水を称えた泉。確かに喉は乾いていたが、それ以上に情報に飢えていた。腰を落ち着けてマダムの世間話に耳を傾ける。
貴婦人の語るところによれば、ナグラガンドが今のような姿になったのは、ここ数年のこと。大地が煮えたち、空は焦げ、井戸は水の代わりに火を噴き上げる。
残された水源も温泉のように煮えたち、いつ尽きるかと住民の不安の種となっているらしい。
だが、私はやや安心した。住民の皆様にはまことに申し訳ないが、この殺伐とした焦熱地獄がナドラガンドの標準的な景色だとしたら、あまりに殺風景な旅になってしまう。求ム、瞳を潤す景色、だ。
「ところで」
と、話がひと段落したところで私は口を挟んだ。年寄りと女子供ばかりで、若い男の姿が見られないことについてだ。野良仕事にでも出かけているのだろうか?
女たちは一斉に目を伏せ、力なく首を振った。
「耕す畑が残ってりゃ、ね……」
聞けば、村を荒らす魔物を対峙するため、男たちは総出で討伐に向かっているのだそうだ。
どうやら、見た目ほど余裕のある状況ではないらしい。旅人相手に冗談を吹っ掛けるのも、いわば気晴らしか。
溜息のような風が通り過ぎた。ザラザラとした、乾いた風だ。
我々はそれからもしばらく世間話に付き合い、この世界に関する様々なことを聞き出した。特に暑さを和らげるトラマナミストの存在を教えてもらえたのは有難いことだった。
「私は知ってたけどね」
霧吹きでトラマナミストを体に降りかけながら、リルリラは言った。何故それを?
「こっちに来てすぐ、暑くて参ってたら他の冒険者の人がくれたの」
……じゃあ何故私の分まで貰ってくれんのだ。
「イヤ、平気かなーって思って」
何故そう思った! 魚は熱に弱い。これは常識である。
「熱帯魚は?」
そういう意味の言葉ではない!
異邦人の漫才がお気に召したらしく、竜族のマダムは再び爆風のような笑いを広場に響かせた。