取り留めもなく会話は続く。日が傾くのを機に広場を離れようと思ったが、いつまでたっても空が暗くならないことに気づき、私は適当なところで話を打ち切った。ナドラガンドに夜は来ないが、宿はとらねばならない。食事もだ。
「あそこ、食べ物出してるんじゃないかな」
リルリラが岩山に空いた横穴の一つを指さした。入り口付近に掲げられた木製の板には、なみなみと液体の継がれたコップが描かれている。酒場の看板だ。世界が変わろうと種族が変わろうと、これだけは見間違いようがない。人というのはどこに行っても酒だけは生み出してしまうらしい。
くぐる暖簾もない無骨なつくりの酒場に足を踏み入れると、串焼きのケバブが香ばしい香りを放つ。食べ物については多少心配していたのだが、どうやら肉料理は我々の世界のものと大差ないようだ。
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適当な料理と飲み物を注文して腰掛けたところで……何故だろう、私は風景に違和感を覚えた。
ぐるりと首をめぐらす。カウンターの奥に竜族のマスター、客席と調理場を忙しく往復するのは竜族の店員たち。客席に腰掛けるのは竜族とは限らない。旅人たちが大勢混ざっているからだ。
そして店内にはカウンターがもう一つ。その奥に堂々と立っていたのは……そう、違和感の源だ。
法衣に身を包んだ神官。それも、人間族の。
「どうも、ここはダーマ神殿出張所です」
神官ゼリオは軽く会釈をして営業的な笑みを浮かべた。
冒険者あるところ、ダーマ神官赴くべし。神託を受けた彼は冒険者に先回りしてこの地を訪れ、酒場に自分用のカウンターまで確保したそうだ。
ダーマ神も無茶を言うものだが、彼の行動力も大概である。信仰とはかくも無鉄砲な情熱を生むものだろうか。
「いやー、我々なんて大したことありませんよ」
ゼリオの言葉が謙遜でないことは、その日の内に証明された。
寝床を求めて宿を訪れた我々を待っていたのは、聞き慣れた定型句だった。
「おかえりなさいませ! 世界宿屋協会提供、旅のコンシェルジュのサービスカウンターはこちらです」
コンシェルジュのアメノナ嬢はゼリオの10倍も輝く営業スマイルで我々をもてなした。
世界宿屋協会はいち早く異世界の情報を得て派遣を開始。既にこの領界の宿屋は籠絡し、協会に加入済みだそうだ。竜族などより、この組織の方が余程恐ろしい。
「仕事熱心なのは結構だが……」
私は額に手をあて、ため息をついた。
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「冒険を求めて新天地に乗り込んできたのに、そこで"おかえり"と言われる脱力感を考えたことは無いのか?」
「でも、便利でしょう?」
「便利な冒険なんて聞いたことも無い」
「それを実現するのが私たちです!」
コンシェルジュは胸を張った。
お陰様で冒険者はどこへ行っても不便なく、安全を保証された冒険を体験できるというわけだ。まったく、ありがたいことだ!
不機嫌な顔をベッドにうずめ、私はナドラガンドで初めての休息をとった。下のベッドではリルリラがすやすやと寝息を立てている。
マダム達に聞いたところによると、この地を訪れた旅人たちは東の祠で竜の神に祈りを捧げて身の証を立てるのが慣例となっているそうだ。
郷に入りては郷に従え。竜族の信仰にも興味がある。明日はその祠に行ってみることにしよう。