なりきり冒険日誌~神話篇
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つむじ風が砂塵を巻き上げ、太陽が大地を焦がす。乾いた風と熱砂が入り混じり、容赦なく肌を突き刺す。
海の民、ウェディの私にとってドワチャッカ大陸西部に広がるゴブル砂漠は、さながら死の大地だった。肌がささくれ立ち、ヒレは悲鳴を上げている。
帰ったら念入りに手入れをしなければならないだろう。温暖湿潤なウェナ諸島が懐かしい。
こんな場所に私を呼び出したのは、とある美しい女性だ。デートスポットにはまるで向かないこの砂漠だが、彼女にとってはお気に入りらしい。
世告げの姫ロディア。
無論、甘い逢引きのお誘いではない。
予言を確かめようとカミハルムイからドルボードを走らせること数刻。私が落陽の草原に足を踏み入れたまさにその瞬間、何者かが狙い定めてそう仕向けたかのように時は訪れた。
地の底より蘇り、大地を揺るがす帝王。異形の巨躯に両手の巨剣。鎧のような甲殻が体を覆い、第三の目が赤く輝く。それはまるで、いびつな進化を遂げた怪物の姿だった。
現場に居合わせたマレンが繋ぎを付けたのだろうか。即座に世告げの姫たちが駆け付けた。
サテラは目を光らせ、マレンとパサラン団子山が死力を尽くしてこれを封じる。
私が駆け付けた頃には、既に事態はおさまっていた。
姫たちの奮闘のおかげか、被害は最小限に食い止められたようだ。
崖っぷち村は崩壊したが、それ以外に目に見える被害は見当たらず、こう言っては何だが、少々拍子抜けしたほどだ。
あたり一帯がすべて壊滅的な被害をこうむるのではないかと身構えていただけに……いや、良いことなのだが。
その崖っぷち村もテントが潰れ、柵が壊されてはいたが宿屋のトノマ氏は平常運転。サロン・フェリシアのシズクなど、命を失いかけたはずだが、この地を去るつもりは無いらしい。一応、危険だと忠告してみたが聞く耳も持たない。まったく、肝が据わっているにも程がある。
聖使者チャミミに至っては光の河のすぐ隣に待機しているにも関わらず、異変のことに触れようともしない。さすが六聖陣の使徒。超然としたものである。
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私をロディアのもとに導いたのは、ザマ峠でも会ったことのあるコゼットという少女だった。そしてロディアは私にこの砂漠を目指すように伝え、今に至るというわけだ。
ところで、前々から気になっていたのだが、このコゼットはいったい何者だろう。見た目はただの少女のようだが、その果たしている役割を考えれば明らかに只者ではない。
私の知る限り、彼女は世告げの姫の一員としては数えられていない。見習いのようなものだろうか? だが時を超えて世界を見守る彼女達にそうした師弟制度があるのも妙な話。謎は深まるばかりだ。
古代の術法でも使ったのか、私の到着後、ほどなくして姿を現したロディアは遺跡のことを語り始めた。
「この遺跡は竜巻によって幾星霜の時を守られてきました」
なるほど、竜巻の風圧で遺跡に近づけない。まるで壁があるかのようだ。あまりに空気抵抗が頑強すぎて、地図にも壁が記されているほどだ。
確かにこれならば、誰も遺跡に入ることはできないだろう。
だが逆に「そこに何かがあること」自体は全く隠せていない。
竜巻を発生させる動力もただではあるまいし、モノを隠す方法として良策とは言い難いのではないか……?
だがそんな疑問をはさむ猶予もなく、彼女は先を続けた。
「この遺跡に入るには各国の王に会い、王者の武具をそろえ、時の王者と認められなければなりません。私は村に帰りますので全ての武具が揃ったら訪ねてきて下さい」
なるほど、その時代の各国の王に認められて初めて時の王者を名乗ることが許されるというわけか。実によくわかった。
……だが、少し待ってほしい。
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その話、現地まで来てする必要はあったのか?
がけっぷち村で教えてくれればよいことだと思うのだが私の気のせいだろうか。
何のためにここまで移動させたのか理解に苦しむ。あるいは、本当に砂漠がお気に入りなのか?
問いかける暇もなくロディアは姿を消してしまった。おそらく、古代に失われたルーラの呪文だろう。魔法文明が盛んだった時代には、ルーラストーン無しで好きな場所を行き来できたという。
……ひょっとすると彼女は、我々もあの呪文を使えると思っているのではないか。
世告げの姫と我々の間には想像を絶する常識の差があるのかもしれない。
ずっしりと疲れがのしかかってきた気がするが、まぁ、いいだろう。向かうべき場所は決まっている。
各国の王の元へ。
……ではなく、その前にジュレットの自宅へ。
そろそろヒレが限界だ。干物になる前に退散して、とりあえず頭まで水に浸かってゆっくり休むとしよう。