船は波間に揺れ、雲は空に揺れる。
入道雲そびえる青空と、さざ波ゆらめく海の間に佇む海上都市ヴェリナード。
美しい白亜の都を拠点とし、世界中を駆け巡る我々魔法戦士団も、二つの衝撃に揺れていた。
一つ目の衝撃は、祭神ファルパパからアストルティア全土にもたらされた啓示。すなわち、アストルティアクイーン選挙の予選会である。
この予選会に我らが女王陛下がご出馬あそばされるとの報に、魔法戦士サロンは沸き立った。陛下のご出馬は第一回選挙以来久々のこと。しかも当時の選挙では投票者に彫像を配る習慣はまだ無く、陛下の彫像を手に入れることはできなかったのだ。
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なお、誤解なきよう、あえて触れておくが、第二回、第三回の選挙でも当然、陛下の元にはオファーが届いていた。届いていたのだが、陛下は既に女王である自分よりも下々のものに機会を与えるべきと思し召しになり、あえて辞退されたのである。奥ゆかしくも慈悲深いその御心に落涙を禁じ得ない。
このような女王陛下であらせられるゆえ、魔法戦士団は一致団結し集団票……もとい、心からの投票を陛下に捧げるはずだったのだが……
これが、揺れている。
原因は、何を隠そう私の上司。
ユナティ副団長が広報活動の一環として出馬を表明したのだ。
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副団長は、新入り魔法戦士に薫陶を授ける役目を仰せつかっている関係上、団員の間でも人気が高い。ここに魔法戦士団は女王派・副団長派の二つの勢力に割れ、両者の間はにわかにさざ波立ち始めた。
……と、いうタイミングで、さらなるゆさぶりが訪れる。皇室の一員であるセーリア様の元にもオファーが届いたのだ。彼女がまた、人気者である。
実際私も、ウェナの外の世界を知らないセーリア様が、他種族の女性と交流を深めるところを見てみたい気持ちはある……
こうして王宮内は三つの派閥に分かれて互いにけん制し合うこととなった。当の本人たちは、揃いも揃ってポーカーフェイスで成り行きを見つめていた。
と、まあ、面倒な事態になったわけだが、私の場合、もう一つ面倒がある。
都会の喧騒を逃れ、故郷レーンで休みを取りつつ、投票用紙を弄んでいた私に、突き刺さる視線一つ。
「ミラージュは誰に入れるのかな~~」
ねっとりと、耳に絡む声。
「私の推理によると……答えは、キミの目の前だ!」
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つつつ、と顔を近づけてきたのはルベカ。古い馴染み、同郷の娘だ。何を思ったか、彼女も出馬している。
早々たる面々の中、レーンの田舎娘が一人……ちょっと場違いだとは思わんか?
「でも、ヒューザがいいトコまで行けるなら、私もいけると思わない?」
ね、と腰をくねらせてポーズをとる。似合いやしない。
「おいミラージュ、絶対この子には入れんでくれよ」
奥から声をかけてきたのは村長……ルベカの父親だ。
「変に有名になって、悪い虫でもついたらいかん!」
「もう、いつまでも子ども扱いして!」
父娘喧嘩が始まった。やれやれだ……
ま、同郷のよしみ。お義理で一票ぐらいは入れてやってもいいか。
だが……義理というなら副団長もそうだ。セーリア様も同じく。
前回投票した魔勇者も、消えるには惜しい人材である。ピラミッドのヤヨイにも日ごろ世話になっている。リーネはもういいとして、だ。
そういえばソーミャという娘のことは、ヒューザの奴が気にしていたな……
いかんいかん、随分と票が分散してしまうぞ。やはり陛下に絞るべきか。
潮風に揺れる投票用紙とにらみ合えば、自然と視線は泳ぎだす。
「気が多いんだから」
呆れたように、エルフのリルリラが呟いた。
以上が、魔法戦士団を襲った一つ目の衝撃である。
そして、もう一つ……
こちらは、もう少しだけ真面目な話だ。
「フォフォフォ……おぬしらにこの試練、受け切れるかな?」
のどかなオルフェアの町。調理ギルドから甘い香りが漂う中、達人プクッツォはきらりと細目を光らせた。