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見上げれは岩肌から炎が噴き出し、遠くには緑と白の竜が陸を闊歩する。谷底には赤黒いマグマの川。
煉獄の谷とはよくいったもの。地獄絵図のような光景を踏み裂いて前進する小さな影五つ。舌なめずりする炎が一つ気紛れを起こせば、足場もろとも灼熱地獄にのまれかねない儚い石ころ、それが我々だった。
奥地への道すがら、私は神官エステラ氏から様々な話を聞いた。
魔炎鳥と呼ばれる魔物が村を荒らしていること。討伐に向かった村の若者たちが返り討ちに合ったこと。そして魔炎鳥の正体。
「兄は、あの戦いで真実を悟り……僕に後を託したのです」
ギダ青年は線の細い顔に憂いの色を浮かべて、じっと手元の竪琴を見つめた。
魔物のはびこる今の世には不要といって禁じられた彼の歌が、その魔物を鎮める鍵だったとは、なんとも皮肉なことではないか。
「歌で魔物を封じる話なら、私の故郷にも伝わっている。どこにも似たような話はあるらしいな」
「アストルティアにも?」
私の話に、竜族の二人は興味を示したようだ。
「私の故郷では歌が尊ばれていてな。王位につく者に歌の上手さが求められるくらいだ。君ぐらい達者な弾き手なら、ウェナでは食うに困らんだろうな」
おだてられて、ギダははにかむような笑みを浮かべた。人の好い青年なのだ。
「そんな世界が……あるんですね」
「ああ、一度来てみるといい。引く手あまただぞ」
だがギダの細面は再び陰鬱な影を帯びた。
「行ってみたいですね……故郷を救った後で」
熱風が吹き抜けた。肌を焦がす炎熱とは裏腹に、彼の腕は緊張に震え、鳥肌さえたてた。鳥は爬虫類の親戚だから竜族が鳥肌を立ててもおかしくはない……と、言っては失礼にあたるだろうか。
「今は恐ろしい魔炎鳥ですが、元は聖鳥。きっと上手くいきますよ」
凛とした顔に穏やかな笑みと確固たる決意を秘めて、神官は言った。