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銀色の髪が炎に照らされて薄桃色に染まる。殺伐とした煉獄の谷に咲く一輪の花、ナドラガ教団のエステラ氏は教団の指示によりアペカを訪れた神官で、長老のへりくだった対応を見る限り、教団内でもそれなりの地位にあるようだ。
我々としては彼女に恩を売って、聖都への通行証を手に入れたいところだが……
だが、しかし。
実際のところ、我々はまだこの教団がどのような集団なのか、わかっていないのだ。
アストルティアを襲った竜将アンテロが単独犯ということは考えられない。何らかの組織に属しているはずである。そしてナドラガンドに置いて絶大な権威を誇るナドラガ教団。
最悪の場合、彼らこそが我々の敵かもしれないのだ。
それだけに、この女神官への対応も、慎重にならざるを得ないのだが……
「聖なる鳥って、見てみたいなあ。神様の使いなんでしょ?」
エルフのリルリラは馴れ馴れしく神官殿の隣に並んでいる。彼女に何らかの打算があるだろうか? 無い。そういうことを考える娘ではないのだ。
ドラゴンキッズのソラがペタペタと足元に這いよる。彼には多少の打算があるかもしれない。アンルシア姫の時といい、彼は女性にばかりよく懐く。私に懐くにはかなり時間がかかったくせに……いや、よそう。済んだことだ。
「……ええ、聖鳥はナドラガ様の遣わした、神の御先とされています」
「竜の神なのに、御先は鳥か……」
ぽつりと呟く。呟いてから、しまった、と口をふさぐ。よその宗教に妙なツッコミを入れると、往々にしてトラブルの元となる。
だが女神官は私を振りかえると……
「ええ、おかしいですね」
そう言って、屈託なく笑った。炎吹き荒れる煉獄に、一瞬、爽やかな風が吹いた。
その笑顔ひとつで、私はこの女性を信じる気になった。ナドラガ教団全体がどんな集団かはともかく、彼女は敵ではないと。
我ながら……甘いと思う。だが、直観に流されるのは、心地よいことだ。昔、誰かが言った。人物を語るとき、外から百の理屈を重ねるより、じかに会って一言、言葉を交わす方が深く理解できる、と。金言は苔生してもなお金なり、だ。
「……このように、ミラージュは綺麗な人にはコロっとなびいてしまうのでした」
リルリラがいつの間にかメモを取り出し、さらさらと書きこんでいた。……何だ、それは?
「報告書」
「誰にだ」
エルフはメモを後ろ手に隠し、そっぽを向いた。
「守秘義務がありまーす」
何だ、それは……。悪ふざけじみたリルリラの態度にため息が一つ。
「女の子にはいつも、73個の秘密があるの。ね、エステラさん」
と、リルリラは神官の隣に飛びよる。エステラは一瞬驚いた顔をしたが、またすぐにあの心地よい笑みを浮かべた。
「そうですね。73個の秘密があります」
「こら」
私は後ろからリルリラの頭を掴んだ。
「神官殿を妙な冗談に付き合わせるんじゃあない」
「あら、構いませんわ。せっかく仲良くなったのですもの」
神官は透き通った知性を秘めた瞳で異邦人たちを見渡す。
「聞けばリルリラさんも神に仕える身だとか。あなた方の神がどんな教えを説いているのか、とても興味があります」
うーん……と、リラは困ったように首をひねった。そんな真面目な話は想定していなかったに違いない。
「……まあ簡単に言うと、みんな頑張って幸せになればいいって教えかな」
簡単にも程があるだろう……真面目な僧侶に怒られても知らんぞ。
「それはとても素晴らしい教えですね」
神に仕えるもの同士、何らかの共感があったのかどうか、さだかではないが、肩を斜めに並べて歩く二人の姿は、まるで仲の良い姉妹のようだった。
ちなみに私の方は、文化としての宗教に興味はあるものの信仰心の方はからっきしである。ただし、多くの冒険者と同様、リーネと達人に会いにいく時だけ、熱心な信者になる。そして天の無慈悲さを噛みしめて、また神なき日常に戻っていくのである。
「神か……」
神の器。アンテロに狙われた六人はそういう特別な資質を持つ者達だった。
だが、私は……そして多くの冒険者たちは、うすうす感づいていた。六人のはずがない、と。
各種族に一人、神の器が存在するというなら、竜族はどうなのか。ナドラガの器が、このナドラガンドのどこかに生を受けているはずではないか。
果たしてその人物は敵か味方か。ナドラガ教団はその存在を把握しているのだろうか……
遠くでは溶岩が弾け、不透明な赤い雨を振らせていた。
前を歩く神官の美しい後姿を眺めながら、私は思索にふけるのだった。