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それは奇妙な光景だった。
爆発時刻を迎えた時限爆弾が、ぴくぴくと痺れたまま停止している。否、そうではない。爆発時刻の一つ手前で、彼の時間は止まってしまったのだ。
「今の内に!」
頭上から声。風のように現れた盗賊風の男は着地するや否や、爪を構えて爆弾岩の破壊を開始した。
「来てくださったのですね!」
神官エステラが顔を輝かせる。後方から、更に数名の足音。私は状況を理解した。炎樹の丘で出会ったあの冒険者たちが助けに来たのだ。
いい所をさらいに来たな! 私は一瞬、苦笑を浮かべ、すぐさま爆弾解除に加わった。
先の奇襲はサプライズラッシュと呼ばれる盗賊たちの奥の手だ。爆弾岩は目を回し、爆発することすら忘れてしまった。まさに妙技である。
こうして我々は爆弾を始末し、体勢を立て直した。魔炎鳥は忌々しげに地上を一瞥する。
私はソラとリルリラに後方支援を命じ、駆け付けた冒険者たちと共に戦闘を再開した。
僧侶二名による的確な援護が致命的な打撃すら見事に防ぎきる。盗賊は時折闇に紛れると得意の奇襲で虚を突き、敵のペースを狂わせる。感嘆の叫びが口をついて出た! 盗賊たちは私の知らぬ間に、かなりの実力を身に着けていたらしい。今や彼らはアタッカーであり、ゴールドフィンガーの使い手であり、妨害役でもある。
私は呪文とフォースで彼を支援しつつ、自らも剣で切り込む。フォースブレイクの光が魔翼を貫き、魔鳥の歪み切った理力が更に狂わされた。畳みかける!
そして……
横薙ぎの一閃が、ついに魔炎鳥の黒光りする嘴を叩き割った。
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魔鳥は苦悶の声を上げ、空中を転げまわる。
「今です!」
エステラがギダに指示を飛ばす。私は彼を振りかえった。ギダは震える手で竪琴を取り出し、大きく深呼吸をした。
魔炎鳥と相対した瞬間、彼が激情に吠えるのを私は目撃している。無理もない。身内を殺した相手だ。気弱げに見えた彼も、内心の怒りは煮えたぎっていただろう。
一方、これから彼が奏でるのは、聖鳥に捧げる祈りの歌だ。これは復讐ではない、とエステラは言った。
ギダは……あの竜族らしからぬ繊細な心を持つ青年は、どんな気持ちでハープを掻き鳴らすのだろうか。
青年の指が弦を爪弾く。悲しげな音が、吹き荒れる煉獄の風を諌めるように静かに、響いた。
「炎のように燃え上がる、聖なる鳥よ……」
女神官がメロディに歌を乗せた。優しく、諭すような歌声だった。
痛みと激情を内に秘め、静かに奏でるハープの音色がそれを不可思議な歌に変えていった。
魔炎鳥は……己の真の姿を見失った聖鳥は恥じ入るように一瞬、萎縮し、そして神々しく弾けた。
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輝きが頭上から降り注いだ。冒険者たちが思わず目元に手をかざす。
空を見上げた我々が見たものは、伝説の不死鳥を彷彿とさせる、光輝に満ちた聖鳥の姿だった。
瞳は澄んだ意思を取り戻し、重く爛れていた翼は炎の羽毛に包まれ、軽やかに羽ばたく。巨体が揺れるたびに、たなびく尾羽が美しい輝きの軌跡を残す。
真紅の聖鳥。その姿を認め、エステラは安堵の表情を浮かべ、歌を締めくくる。
と……白い胞子のようなものが地面から浮き出て、空へふわりと舞い上がった。それが聖鳥に吸い込まれていく。
言い伝えによれば、聖鳥は死者の魂を乗せて飛ぶ神の遣いなのだそうだ。死者は聖鳥と一つになり、故郷を見守る。
「兄さん!」
ギダが叫ぶ。おぼろげに浮かんだ影の中に、彼の兄らしき男の姿があった。一瞬の邂逅。泣き濡れる弟と、優しく諭す兄。
「お前は人の弱さを許すことができる。その優しさこそがお前の強さなんだ」
兄弟は見つめ合い、そして影は光の中に消えていった。
私はギダという男を知らない。その兄のことも。彼らが織りなしてきたであろう愛と葛藤の物語も。
故に、突然に訪れた物語のクライマックスを、ただ遠くから見つめるだけだった。
恐らくは美しいのであろう、この物語を、ただ遠くから。
私は未だ彼らの物語の傍観者であり、表舞台に立つ者ではないのだから。
「聖鳥よ、彼らの魂を安息の地へと送り届けたまえ」
神官は静かに祈りを捧げた。
こうして魔炎鳥の脅威は去り、我々は神官の信頼と紹介状を勝ち取ることができた。
彼女には、異界からやってきた冒険者が信頼に足る人物かどうか、見極める役目もあったそうだ。それを隠していたことを彼女は謝罪したが、疑い半分だったのはお互い様だ。
「残り72個の秘密にも期待しちゃおうかな」
リルリラは悪戯っぽく笑った。
何が聖鳥を魔炎鳥に変えたのか、その点は気がかりだが、まずはこの世界を知ることだ。進路は西。いざ聖都へ。我々はアペカを旅立った。
今度こそ、広い世界が待っていることを信じて。