
灰混じりの風が色とりどりの布を揺らす。半ば色褪せ、そして千切れ、残骸となった旗だ。
円錐型の屋根を持つ家屋の数々は半ば灰に埋まり、剥落した塗装とこびりついた灰により、周囲の岩と見分けがつかなくなりつつあった。
薄暗い光を灯す街灯が、灰の雨に沈む村を寂しく浮かび上がらせる。
マティルの村。手元の地図には確かにそう書かれている。どうやら古い地図だったらしい。あの店主め、我々をよそ者だと思っていい加減なものを売ったんじゃあないだろうな?
「旅には驚きがある方がいいじゃない」
リルリラは飄々とそう言った。
廃墟となった村には我々以外、人影もなく、真新しい灰の道を歩むたびにくっきりと足跡が刻まれていく。
辛うじて原形をとどめている建物をノックしたが、幽霊の出迎えがあるでもなし。失礼して中に入る。
建物の最上階には祭壇めいて装飾された台座があり、そこに祀られているのはこの村で信仰されていたのだろう、巨大な生物の体の一部だった。
緋色に染まったとげとげしいウロコ……いや、翼だろうか。真っ先に、あの聖鳥の姿が思い出された。元々世界を守護する聖獣なのだから、信仰の対象となっていても少しもおかしくない。
つくづく、この村が廃墟となってしまったことが悔やまれる。ひょっとしたら、聖鳥信仰にまつわる様々な話が聞けたかもしれないのだ。
「聖鳥も薄情なことだな」

信仰の証である祭壇に、雪のように降り注ぐのは灰の雨。無慈悲な神の嘲りが空を埋め尽くすのか。
曇天を見上げる。
と……その時。風に乗って聞こえてきた歌がある。いや、歌ではない。囁き、祈り、詠唱……。灰の埋め尽くす廃村に、誰かの祈る声が響いた。
外に出ると、一人の若い女性が祈りを捧げているところだった。声をかけると、エジャルナからやってきたシスターだという。
彼女によれば、村を襲ったのは突然の流行り病だそうだ。教団からは止められたそうだが、居てもたってもいられずここまでやってきたのだという。
「できることは何もありませんが……彼らのために祈る者が一人くらいはいてもいいと、そう思うのです」
私はふと、アリオス王の命でアストルティア各地に派遣されたシスターたちのことを思い出した。孤立無援、ただ一人使命を果たし続ける。シスターというのは、見た目よりタフな存在らしい。
リルリラはそっと指を組み、祈りの言葉を重ねた。
滅びの村に灰の雨が降り注ぐ。
人の営みも、病も、祈りも、全てを真っ白に埋め尽くしていくだろう。