魔法の絨毯が灰の雨を突っ切り、曇天の下をひた走る。
マティルの村で祈りを捧げるシスター・ビドに別れを告げて、我々はさらに北へと歩を進めていた。
エジャルナを離れた村で情報を収集する、という当初の目的は文字通り灰燼に帰したわけだが、ここまで来たならフェザリアス山まで足を伸ばしたくなるものだ。
魔峰フェザリアス。我々の頭上を覆う黒雲の源である。
果たして、あの黒煙は自然のものなのか、あるいは何らかの事情があるのか。この目で確かめておいて損は無いだろう。
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山のふもとまで辿り着いた我々を出迎えたのは、真っ白な山道だった。まるで雪山である。だが、辺り一面を埋め尽くすのは雪ではない。ドラゴンキッズのソーラドーラが興味深げに白いものをちろりと舐め、むせたように顔をしかめると、炎と共に吐き出した。
この山が巻き上げた火山灰が、山自身を真白く染め上げているのだ。
赤熱した溶岩の発光に照らされて、灰の大地が時折、赤く輝く。
同じ火山地帯でも火の粉吹き荒れる煉獄の谷とは違い、炎そのものはひとところに留まって動かず、磨かれたように滑らかな岩肌が赤く光を放つのが印象的である。何より、空の色が違う。黒く曇った空は爽やかとは言えないが、眼を刺すような真っ赤な空に倦んでいた身としては、これでもありがたい変化だった。
時折襲ってくる魔物達を蹴散らしながら、我々は山頂を目指した。
山の中腹に差し掛かるころ、私は足元に違和感を感じた。硬い手ごたえ。灰の中から顔を出したものがある。石造りの階段だ。文明の痕跡。これは貴重な発見と言えた。
進むにつれて、所々に立札や梯子の類も見られるようになった。
炎の領界の中でも人里離れた僻地にあたるフェザリオンだが、どうやら人の出入りは盛んだったらしい。少なくとも、道が灰に埋め尽くされる前までは。
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やはて岩肌は石壁になり、古い神殿のような趣を漂わせ始める。脳裏に浮かんだのは、マティルの村のあの祭壇。
もしや、ここは……
その答えは、圧倒的な光景となって我々の目の前に突き付けられた。
山頂へとたどり着いた我々を熱風が襲う。手をかざしながら垣間見たその景色は衝撃的だった。
燃えたつ火口に根を下ろす巨木。そして、その枝に設けられた巨大な鳥の巣を、マグマが赤く浮かび上がらせた。
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巨鳥怪鳥世に数あれど、これほどまでに巨大な巣に見合う鳥といえば一羽を除いて他にあるまい。
「聖鳥の巣、か」
だとすれば、どす黒く空を焦がす噴煙は、主なき聖山の象徴なのだろうか。
「戻ってくるのかな、あの鳥……」
リルリラが呟いた。
私は今一度空を仰いだ。熱に揺らめく空気の中、オレンジ色に輝く火の鳥が降り立つ姿を幻視する。
聖鳥が戻る時、この黒雲も晴れるのだろうか。そして……
……そして他の地域と同じ、炎の空になってしまうのであれば、それはそれで勘弁してもらいたいのだが。
全ては神のみぞ知る。ナドラガの御心がどこにあるか、未だ灰と暗雲の彼方である。
とりあえずの探索は終わった。聖鳥とフェザリアス、それにマティルの関係はエジャルナに戻ったら詳しく調べてみるとしよう。
巣を出ると、日輪のように円を描いて燃える炎が南の空に輝いていた。
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あの方角は業炎の聖塔に違いない。フェザリアスからはかなりの距離があるが、荘厳なシルエットはそれを感じさせない存在感を放っていた。
地図によれば、あの近くには別の遺跡もあるそうだ。
「次はあの塔に行くの?」
リルリラが疲れ切った表情で首を突き出した。山登りが相当こたえたらしく、不満げな様子だ。頭上に立ち上がる黒煙を見つめて皮肉っぽく口をとがらせる。
「ナントカと煙は高いところが好きだって。煙の方は、そうだよねえ」
黒雲が申し訳なさそうに揺らめいた。
「と、いうことは向こうでは馬鹿と会えるかもしれんな」
「ここでも会えるよ。ほら、鏡」
手鏡を私に突き付け、リルリラはルーラストーンを取り出した。さっさとおさらば。服についた灰をはたき落して飛んでいく。苦笑して私も後に続く。
ナドラガンドでの探索も、そろそろ佳境に入ったと言うべきだろうか。行っていない場所といえばあの塔と、エジャルナの大聖堂ぐらいだ。少なくとも、地図に載っている限りでは。
わかったことは多くない。だが暗中模索、一歩ずつ地道に知識の断片をかき集めていく過程は、一人の探索者として決して嫌いではない。
私はルーラストーンを天にかざした。転移呪文の輝きが私とソーラドーラの身体を包み、灰と黒雲の彼方へと羽ばたかせるのだった。