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手持ち花火はやがて湿って消え、燭台の炎も消えた。静寂だけが後に残った。
何故だ。何故、扉は開かれぬのだ!?
「そりゃあね」
呆れたようにリルリラが言った。
「そんな力技でいけるなら、トビアスさんがとっくに開いてるでしょ」
ううむ、なんたる理不尽。間違いなく火はついたというのに。ナドラガ神も底意地の悪いことだ。
恨めし気な視線を水晶は涼しい顔で受け流す。透き通った水の輝きが今は憎らしい。外では火が暴れて困っているというのに、ここでは火を点けられずに困るとは、なんという皮肉だろうか。
私はじっと水晶を見つめた。どんなに睨みつけても、丸く歪んで映るのは、間の抜けた私の顔だけ……いや、待て?
私は奇妙なことに気づいた。水晶をいくら眺めても、私の顔が映っていない。帽子は確かに映っているが、顔のあるべき場所が真っ白に染まっているのだ。
これはどういうことだ……? 首をかしげつつ後ろ髪を撫でる。と、水晶に妙なものが映り込んだ。
これは私の指か……?
……もしや。
ある閃きが私の脳裏をよぎった。
「リラ、ちょっとこっちに来てくれ」
私はリルリラに声をかけ、水晶、私、リルリラの順に一列に並ぶように陣取った。そして水晶に背を向け、リルリラの方を向く。
「どうだ?」
エルフは少し背伸びして水晶を覗き込み、頷いた。
「うん、ミラージュの顔、映ってる。さかさまだけど」
予想通りの回答だった。
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水晶に背を向けた私の顔が、水晶に映っている。これは何を意味するのか?
目に見えるものだけが真実ではない。
私の背後に水晶があるということ自体、思い込みだとしたら?
水鏡は嘘をつかない。今、水晶は間違いなく、私の顔を正面から覗き込んでいるはずなのだ。
ならば、水晶の真の位置とは。火をともすべき燭台のある場所とは。
私はリルリラを下がらせ、虚空に向かって火を差し出した。私の顔を覗き込む空白に。
そこに真実がある。目に見えぬ燭台が。何らかの仕掛けにより、私の背後にビジョンだけを飛ばした実体が。
炎が揺らめく。静謐なる空間に、手持ち花火の噴射音が静かに響き渡った。
しかし、なにもおこらなかった。