石畳の上を、凍えるような風が流れた。
氷雪に閉ざされた古城。ふわりと宙に浮く魔猿が、紫色の毛皮を軽く揺らした。
「そいつが、旦那の秘密兵器ですかい?」
猿顔に笑みが浮かぶ。緩やかに弧を描いて天を指す尻尾が、彼の自信を表わしていた。
「ま、そんなところだ」
カラン、と鈴が鳴る。
私が相棒を振りかえると、彼もまた尻尾を同じ形に巻き上げ、不敵な笑み浮かべていた。
このところ、アストルティア全土に不穏な噂が流れている。
悪霊の神々と呼ばれる異界の魔物が襲来するという噂だ。
私は魔法戦士団より指令を受け、調査のため、彼らの根城であるこの古城にやってきたというわけだ。
お供は猫魔道のニャルベルト、そして酒場で雇った僧侶二人。
「変わった顔ぶれですな」
バズズは言った。その後ろで、巨人が物珍し気に単眼を見開き、猫の顔を覗き込んだ。
ベリアルは不機嫌そうに一瞥すると
「ロンダルキアでは見ない顔だ」
と、呟いた。
「たまにはこういう趣向も面白かろう」
「旦那の趣味が悪いのは知ってますがね」
「なら、諦めろ」
寒空に笑い声が響いた。
かつてソーサリーリングが貴重品だった時代、私は酒場で雇った冒険者と共にバズズに挑んだことがある。
その時も彼は、今と同じ呆れ顔で肩をすくめたものだ。
あれから月日は流れ、私もバズズも大幅な成長を遂げた。そして、互いの仲間達も。
「吾輩がまとめてやっつけてやるニャー!!」
猫が勇ましく足を踏み出すと、雪に覆われた床に肉球型の足跡が刻まれた。
……と、ずしりと重い足音が響き、古城が震えた。アトラスが無造作に一歩、踏み出した。
凍てついた空気に、熱が宿り始める。
「さて……」
バズズは血の匂いがするような笑みを浮かべ、大きく爪を振り上げた。
「……始めようか」
私は、戦姫のレイピアを構えた。
*
魔猿の呪文が風を裂き、巨人の一撃が地を揺るがす。大悪魔が天に指を掲げれば、全てを焼き尽くす電撃が降り注ぐ。
二人の僧侶が必死で支えているが、長くはもつまい。
戦況は混沌の極みにあった。
当初の予定では、猫がニャルプンテでベリアルとアトラスを抑え、その間に私がバズズを倒す手筈となっていた。
彼にはニャルプンテ以外の呪文を全て禁止した上で「色々やる」ように伝えてある。
私の試した限り、これが最もニャルプンテを使う確率の高い指示らしいのだ。
以前、ヤマタノオロチを征した時と同じ戦法である。
ただし、あの時と違って今回は眠らせるべき相手が二匹。ニャルベルトの仕事は倍増。
にも拘らず、猫は気ままな生き物である。
「ニャーっ!! 吾輩の杖を喰らうニャー!」
何故か眠ったベリアルに殴り掛かるニャルベルト。ギョっとした顔で目を覚ます大悪魔。色々やれとは言ったが……ああ、確かに言ったが……。
溜息一つ。基本的に、戦況は猫の機嫌次第なのだ。
悔しいことに、魔法戦士の私はこういう時、できることが何もない。せいぜい世界樹の葉で蘇生を助けるのみ。
手間取る間に僧侶二人が倒され、一度は私も敗北を覚悟したが、ここで猫が機嫌を直し、ニャルプンテを連発。ようやく戦況が安定し始めた。
僧侶たちが態勢を整えた頃合を見計らい、フォースブレイクでバズズを撃ち抜く。手応えあり!
私は素早く剣をライトニングソードに持ち替えた。
あらゆる理力を半減するバズズに対し、フォースは厳禁。ならば武器の持ち替えで対処すればいい。
猛攻にバズズが膝をつく。この時点で勝敗は決していた。
眠りの呪文を苦手とするベリアルはニャルベルトがほぼ完封。アトラスも一人ならば怖くはない。
アトラスの巨体をドラゴンソウルが打ち抜き、寝ぼけ眼のベリアルをマダンテが吹き飛ばすのだった。
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「やってやったニャーー!」
雄たけびを上げ、猫が腕を振りかざす。散々振り回してくれたが、結局、彼が勝因である。
今後も、サポートメンバーとの戦いでは、独特の技能を持つ魔物の力が鍵になるだろう。
さて、これだけの激戦を制したのだから、報酬もさぞかし豪華に違いない、と期待しながら箱を開いたのだが……
……世の中、そうそう甘くはないらしい。
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3匹はほうほうの体で逃げていった。アストルティア襲来に関する情報は断片的にしか手に入らなかったが、いくつかのキーワードを引き出すことに成功した。
10の日。キャロル、ノエル、ホーリー……。
古城のクローゼットには、浮かれ気分で準備していたらしい衣装の一部が置き忘れてあった。
どうやら、アストルティアにとって、さほど脅威となる事態ではなさそうだ。
とりあえず、ヴェリナードには、冬のお祭り行事が一つ増える、とだけ、報告しておくとしよう。