靴底で砕ける、凍った雪の感触を覚えている。
雲一つない冬空の向こうに、黒く穿たれた穴があることを覚えている。
銀色に鈍く光る、あの石の輝きを覚えている。
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冬のランドン山脈。かつて、この山で採れる鉱石を求めて、冒険者たちが雪に走った時代があった。
多くの冒険者にとって、この山道は数少ない金策の道だった。
まだドルボードもなかった時代の話である。
深雪の白と岩肌の灰色に埋め尽くされた景色を目にした途端、懐かしい感覚が蘇ってきた。
だが、旅人たちの姿はすでに無く、今、この道を走るのは雪と風、そして絶え間なく流れ続ける時間だけ。
嗚呼、風は吹き、時は流れたのだ。
思えば遠くに来たものだ……
……などと、新時代早々、昔を懐かしむためにここにやってきたわけではないのだが。
私が年の瀬の忙しさに追われて冒険に出られないでいる間にも、確実に時は流れていたらしく、新時代は滞りなくやってきた。
そして新たな宴へのお誘いも。
ポストに届いた一通の手紙に応え、私はこのランドン山へとやってきた。
さて、何が待っているのやら。
手紙の記述を頼りにドルボードを走らせると、どうやら目的地が見えてきた。
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天に黒点あれば地にも穿てと大口を開けた真っ黒な空洞。この洞穴を、邪神の宮殿と呼ぶ。
私を迎えたのは、手紙の主、魔封剣姫殿。
オーガには珍しく、ランドン山に降る雪のように白い肌と、妖艶な香りを漂わす口元のルージュが印象的な美女である。
彼女の語る物語は非常に興味深いものだったのが……公にするのも憚られるので、省かせて頂こう。
兎も角、彼女の導きの元、邪神を阻止するため、我々の新たな戦いが始まる、というわけだ。
まずは様子見。同盟を組んでの本格的な戦いの前に、サポートメンバーと共に挑んでみることにした。何事も、まずは自分の目で確かめてみることだ。
虚空に突き立てられた巨大な剣の前に立ち、息を整える。いざ出陣。
……と、私の頭上から奇妙に事務的な声が響いた。
『仲間モンスターはこの戦いに参加できません』
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……ご説明願いましょうか剣姫殿。ラッキィも泣いているではありませんか。
「いや……まあなんだ。色々と……面倒でな」
面倒?
「ほら、職業とか、判定とか……な。わかるだろ?」
むう……どうやら本当に魔物お断りらしい。魔物使いは怒っても良いのではないだろうか……。
だがルールならば従うしかない。ウソ泣きをやめたラッキィをひっこめ、別のメンバーを呼び出す。
余計な小芝居を挟んだが、気を取り直して、いざ出陣。
「同盟を組まずに戦うのか?」
剣姫が首をかしげる。
「ええ。まずは様子見ですから」
「非常に苦しい戦いになるが、構わんのか?」
「無論」
「では、準備を整えよう。しばし待つが良い」
待つことしばらく。やがて声が響く。
「準備ができたぞ。では健闘を祈る!」
一瞬、脳裏に鎖を引きちぎるような映像が浮かび、白い光が渦を巻く。
光が消えた時、そこに見えたのは……
……7人の冒険者達の姿だった。
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「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
口々に挨拶を交わす冒険者達。サポートメンバーの姿は無い。
これは一体どうしたことか。剣姫殿、剣姫殿……ッ!
呼びかけても返事は無い。どうやら、何か手違いがあったらしい。
仕方なく私も冒険者たちに挨拶を返し……そのまま戦場へと向かうことになってしまった。
冷や汗一つ。
何の予備知識もないまま、見ず知らずの冒険者と共に強敵に挑む。
お試しのつもりで、装備も適当だというのに……。
共に挑むメンバーはいずれも口数少なく、それでいて自信たっぷりのベテランに見える。
足を引っ張って白い目で見られたりしないだろうか……。
冷や汗二つ。
軽い気持ちでやってきた宮殿で、このような緊迫した戦いに挑む羽目になろうとは、誰が予想し得ただろうか。
私の新時代は、波乱の幕開けとなった。
戦いは想像を超えて激しいものだった。
辛うじて勝利を拾えたのは、共に戦ったメンバーの腕前ゆえである。流石は一流の冒険者達だ。
私はといえば……マダンテを撃った直後にうっかり倒されてしまい、魔法力の調達に苦労するような失態を犯してしまう。道具が使えないこの戦いにおいては、致命的なミスである。
なんともしまらない戦いぶりだったが、一応、勝ちは勝ち。様子見のつもりが思いがけない初勝利となった。
とはいえ、これはまだ第一の獄。剣姫殿の言によれば、さらに厳しい戦いが二つも残っているそうだ。
やれやれ、先が思いやられる。
……ま、しかし、新時代は始まったばかり。
焦らず、自分の速度でやっていくとしよう。