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幕が開く前の舞台を内側から見るというのは、不思議なものだ。
しっとりと体にまとわりつく張りつめた空気の中、私は眩暈にも似た感覚に襲われ、思わず身震いした。
ここはメギストリス郊外に建てられた小さな劇場。私は演劇に特別関心のある方ではないが、何の因果か、今日はここにいる。
それも、カーテンの内側に。
色とりどりの花に彩られた舞台に、歌姫たちが立ち並び、まさに壮観である。
だが、その華々しさとは裏腹の緊張感に、私は寒気すら感じるのだった。
カーテンの裏からは、今や遅しと開演を待つ観客の息づかいが聞こえてくる。厚いベールに覆われた舞台は光漏らす宝石箱。幕が開けば楽しいショウの始まりだ。
だが、我々にとっては……。あの幕が開いた途端、逃げも隠れもできない真剣勝負が始まるのである。
幕の向こうから現れるのは、どんな魔物より鋭い眼光を走らす、採点者の群れ……
「ミラージュ、笑顔」
リルリラが袖を引っ張る。その指も若干、震えている。
「わかってる」
軽く頷く。と、唐突に……私にはそう思えた……ブザー音が響き、幕が上がった。
魔法光を灯したスポットライトが暴力的な圧力をもって舞台に突き刺さる。ぴくりと肩が震えた。
光一色。
ややあって、目が慣れると、スポットライトより深く光る幾多の瞳が舞台を見つめているのがわかった。
目もくらむ光景。
楽団の演奏が始まり、騒めいた水が渦を巻くように踊り子たちが舞いを始めた。硬くこわばった空気をゆっくりと薙いで、蝶たちが羽ばたく。
バックダンサーの私もそれに合わせて踊り始める。幕は開いた。あとは、無我夢中。
歌い手の声が静寂を染め上げ、踊り子の舞が闇に火を灯す。ちょこまかと踊るリルリラが、視界の端に見えた。
やがて、一際大きな歓声。
華やいだ舞台に名優が降り立ち、力持つ視線が観衆を魅了する。
歌声と熱気の中、万色の光が揺れていた。
観客席は熱狂し、ヒートウェイヴが巻き起こる。
ショウほど素敵な商売はない……。
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私の友人、エルフのリルリラが踊り子としての訓練を開始したのは、去年の秋ごろだった。
彼女はエルフの都カミハルムイで、代々僧侶として王家に仕えてきた家の出である。当然、彼女も僧侶として将来を期待され、他の職に就くことは許されなかった。幼いころ憧れていた旅芸人の道も、それで諦めることになったのだ。
そんな彼女がダンサーという華やかな世界への入門を許されたのは、ひとえに踊り子の持つ、もう一つの顔ゆえである。
今でこそ舞台を盛り上げる役者として知られる踊り子たちだが、元はと言えば神に奉納する舞を担う職業であり、神事を司る存在である。実際、エルトナでは今でもエルドナ神に捧げるカグラマーイ・ダンスが毎年行われていると聞く。
荒ぶる霊を鎮め、神に舞を捧げる踊り子の技を学ぶことは、僧侶としての修業に通じる道である……
と、半ば強引に両親を説き伏せ、彼女は一路、オーグリード大陸へ。立ち上げたばかりで広く入門者を募っていた、とある芸人一座に加わり、踊り子としての修業を開始した。
形こそ少し違うが、長年の夢だった旅芸人一座への入団を、こうして彼女は果たしたというわけである。
座長のナッチョス氏は放任主義で、特段の指導をしている様子は無かったが、リルリラは見様見真似で踊りを学び、ついでとばかりに旅芸人としての心得も学んでいった。
武器は扇とスティックしか使えないとはいえ、彼女も今や僧侶、踊り子、旅芸人の三役をこなす冒険者というわけだ。
どうやらレンジャーにも興味を持っているらしい。私もうかうかしていると追い越されそうである。
もっとも私は魔法戦士以外にさして興味は無いのだが……。一応、最低限の働きができる程度には各職業を底上げしておこうか……?
閑話休題。
リルリラと舞台の話を続けるとしよう。