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サルバリータは、メギストリスに居を構える劇団の団長である。
マルチタレント志向の劇団で、歌も踊りも芝居もやる。
ナッチョスとは既知の間柄らしく、リルリラとラスターシャも彼の口利きで公演に参加させてもらった。未だ小さな一座であるナッチョス一座は、こうしたやり方で場数を踏んでいくしかないのである。
「ま、ナッチョスの育てた踊り子たちだから、心配はしてなかったけど、それにしてもよくやってくれたわ」
サルバリータはにこにこと微笑んで二人の踊り子を労い、それから私の方を見て、意地悪く唇の端を吊り上げた。
「魔法戦士さんは、ちょっと心配してたけど」
「それは、どうも……」
私だって、踊りたくて踊ったわけではないのだが……。
魔法戦士団で手掛けていた事件もひと段落つき、休暇がてらリルリラの冷やかし……もとい付き添いでやってきた私は、ちょっとした雑談から、うっかり元旅芸人であることを明かしてしまった。
折悪しく、劇団ではバックダンサーが一名、怪我で欠場となり、サルバリータ団長は補充要員を探していた。
口は災いの門とはよくいったものである。
別に、こんな依頼を引き受ける義理は無かっただが、昨今の冒険には兎に角、金がかかる。
特に最近では究明者のコートという新装備が発売された。レイヴンスーツと比べると一長一短とはいえ、魔法戦士にとって、久しぶりに買い替える価値のありそうな装備である。
だが、各種耐性を完備しようと思えば、頭と体下で即死、混乱、封印、眠り、麻痺。体上は呪いと耐魔、耐ブレス。脚は踊りと転び、回避。腕はそれなりの会心錬金が欲しい。
さらに最近では複合耐性、いわゆるハイブリッドを求められる場面も増えてきた。
となれば値段は一気に跳ね上がり、合計額は……嗚呼、計算したくもない。
と、いうわけで、サルバリータ氏の提示した報酬は、なかなかに魅力的だったのだ。
かくして、私にとっても初舞台となった今回の公演だが……
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「悪くなかったね!」
と、腰に手を当てて頷くのは劇団に所属するの女優の一人。名をクリスレイという。自称、サルバリータの一番弟子である。
「まあ、アタイみたいなベテランに比べたら、まだまだ粗削りって感じだけど、最初にしては上出来!」
ピンと人差し指を立ててウインク。女優にしてはどこかあか抜けない容姿だが、仕切り屋で面倒見がよく、劇団の事情に不案内な我々にとっては頼りになる存在だった。
特にリルリラは彼女に懐いており、早くも先輩、と呼んで慕っている。
「いっしょにトップスターを目指そうね!」
「はいっ、先輩!」
固く手を握り合う二人である。健全なものだ。
ラスターシャは別の舞台の打ち合わせがあると言って席を立った。
ちょうどその時だった。
楽屋のドアが開く音が、妙に高く響いた。
扉から外の光が差し、続いて、影が入場する。女だ。訳もなく、その場にいた誰もが彼女を振り向いた。
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短く整えた金髪が後光のような光と触れて眩く揺れた。サングラスを外すと、気だるげだが、鋭い光を灯した青い瞳がきらりと光る。
やや小柄だが、全てを見下ろすような自信にあふれた佇まいが印象的だった。
彼女は洗練された歩き方でゆっくりと部屋に足を踏み入れた。