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幕が開く前の舞台を内側から見るというのは、不思議なものだ。
何度経験しても、そう思う。
夢の祭典、プクランド・ビッグカーニバル。開演を目前にして、集中力を高めた役者たちの息遣いが聞こえてくる。
これまで以上の大舞台。いずれも緊張の面持ちだ。
ただ一人を除いては。
プレシアンナは全身から、自信と余裕、そして獲物を目の前にした獣のようなギラギラとした熱を漲らせ、幕が開くのを待っていた。
「今日のショーは一生忘れられなくなるわ」
隣に立つ剣士ルシャン……ラスターシャにそっと呟くのが私の耳にかすかに聞こえた。
ラスタは言葉を返さず、プレシアンナをそっと見つめ返しただけだった。その瞳に浮かんだ光の色は……私の位置からでは、伺うこともできない。
リルリラがごくりとつばを飲み込んだ。
開演を知らせるブザーが響き、真っ白なライトが輝く。
厳かに、華やかに、幕が上がった。
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舞台はつつがなく進行していった。
スポットライトがエリシアを照らせば、舞台の色はプレシアンナの色に染まる。
どこまでも高みを目指す、混じりけの無い鮮やかな色。観客は高く舞う彼女を見上げ、その美貌に酔う。
と、シーンが切り替わり、ルシャンの出番となる。途端に舞台はラスターシャ色に切り替わる。
ルシャンはエリシアほど高潔な人物ではない。恋に酔い、酒に酔い、回りを巻き込み、挫折を味わいながら派手やかに舞い踊る。そして白も黒もない交ぜとなった、混濁した空気の中に、刺すように鋭い一突き。ステップを切り返したルシャンの凛々しさに、観客は息をのむのである。
二人が交互に舞台に立ち、観客はそのたびに揺れ動く。熱気が波のように寄せては引き、劇場は踊る。
波打つ熱気は期待をはらんで渦を巻く。この二人が並び立つ時、舞台はどの色に染まるのか、と……
私が以前に体験した、プレシアンナの独り舞台とは全く違う反応だった。
彼女自身も、勝手が違うのを感じ取っているのだろう。今の彼女は唯一無二の女王ではない。
舞台裏のすれ違いざま、プレシアンナは挑発的な投げキッスをラスタに送った。
「貴女は私をドキドキさせてくれる。こんな気持ちは初めてよ」
「そりゃ、どうも」
ラスタは軽く受け流した。かわした視線が火花を散らす。
そして、物語は佳境へ。
剣以外の全てを捨て、王国一の剣士となったエリシアと、恋に溺れて挫折し、一から再出発したルシャン。
かつての恋人同士が剣を交える、物語の山場である。
「舞台は整った、って感じね」
舞台袖、プレシアンナとラスターシャはそれぞれに呼吸を整えていた。
稽古場では何度も剣を合わせた二人だったが、本番の緊張感の中での舞はまた別物だ。ここからが正念場と言える。
張りつめた空気の中、プレシアンナは笑った。牙をむくような、獰猛な笑顔だ。
「あなたとあたし、どちらがより神に近いスーパースターか。この舞台で勝負よ」
「勝ち負けを競うのはルシャンとエリシアでしょ」
「そうよ。私はエリシア。貴女はルシャン」
プレシアンナは剣の柄に手を当て、強く力を込めた。
「私は上だけを目指してきた。友達ごっこの安易な道を選んだ貴女では私に勝てないわ」
「貴女に勝とうなんて、思ってないわよ」
ラスターシャは腰に手をやり、緩やかに鞘を撫でた。
「ただ最高の舞を見せたいだけ」
「無理ね」
プレシアンナは即座に否定した。
「それを見せるのは私なんだから」
舞台では剣術試合の前置きが終わり、ルシャンとエリシアの名を呼ぶ声が高々と響いた。
互いに目配せしながら、二人の剣士が舞台に立つ。
このシーンで舞台に立つのは二人だけ。
観客と同じように、残る役者も、サルバリータも、誰もが二人に注目した。
剣士たちが刃を重ねる。
剣の舞が始まった。