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獣のようなしなやかさで、プレシアンナは四肢を躍動させ、剣を振るった。
ルシャンは紙一重でそれをかわすと鮮やかに突き返す。身を翻したエリシアがその剣を巻き取るように白刃を重ねてステップを踏む。
交差し、共にふわりと宙に舞う。跳躍……プレシアンナの方が、高い。
ふと、私は客席の中に薄桃色のシルクハットを見つけてハッとなった。
今宵の空中ブランコは、彼の眼鏡にかなうだろうか?
答えは、舞台の上の二人次第だ。
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プレシアンナの剣撃は苛烈さを増していった。ステップの一歩ごと、ターンの一回転ごとに剣が激しくなる。せめぎ合っていた舞台の色は、徐々にプレシアンナ色に傾いていった。
跳躍し、身を翻して空中ですれ違う二人。やはりプレシアンナの方が高い。エリシアはルシャンを見下ろし、プレシアンナはラスタを見下ろす。舞踏魔の顔に、愉悦の表情があった。
だが。
「いけない」
サルバリータが呟いた。
「あの子、無理をしているわ」
「プレシアンナが?」
女監督は頷いた。
「あの子はラスタに勝とうとするあまり、限界を超えて跳んでいる。あんな舞を続けたら、最後までもたないわよ」
私は古雑誌の記事を思い出した。ライバルを意識するあまり、無理をして自滅したトップスターの話を。
拳を握りしめたサルバリータは、自身の姿を舞台上のプレシアンナと重ねているのか。
トップスターは汗を飛び散らせ、鬼気迫る舞を続けていた。高く、高く、より高く。
そして何度目かの跳躍。着地の一瞬、彼女の身体がぐらりと揺れた。
どきりと心臓が震える。だが彼女はすぐに体勢を立て直し、不敵な笑みを浮かべてルシャンに剣を突きつけた。
大事無し、か?
その淡い期待を、女監督は即座に否定した。
「脚を痛めたわね」
彼女は断言する。だが舞はまだ途中だ。プレシアンナは何事もなかったかのように剣舞を続けた。
またしても、高く、高く……黒いタイツに身を包んだ彼女の脚を、ルシャンの剣が薙ぎ払う。続け様に跳ねる。冷や汗が私の耳ヒレに触れた。
なんとかやり過ごしたが、この後、同じ振付けがもう一度控えている。
「気づいて、プレシアンナ」
祈るようにサルバリータは呟いた。
その言葉で私もようやく気付いた。
ラスタの剣の軌道が、普段よりも低い。軽いステップで跨げるほどの、地を這う剣閃。
負傷を知ったラスタが、舞を壊さない程度に動きを変えたのだ。
だがプレシアンナはそれに気づかない。強く、高く、跳び続ける。
「プレシアンナ」
サルバリータの声が震えた。
「高く跳ばなくていいのよ、プレシアンナ」
舞踏魔にその声は届かない。そしてついに、その時が訪れた。
ルシャンの剣をかわし、ターンしたエリシアの身体が、大きくバランスを崩した。
サルバリータが、役者たちが、観客が息をのむ。脳裏に浮かぶ、空中ブランコ……またも一人が地に落ちるのか?
客席で、薄桃色のシルクハットが大きく揺れた。
だが、地に沈む女を、引き上げる腕があった。
プレシアンナは、ハッと顔を見上げた。他に誰がいるだろう。ラスターシャ!
剣士ルシャンはかつての恋人の背中に手を回し、その身体を優しく抱きとめたのだ。
そしてエスコートするように指を重ねあい、優雅に回転。二人して美しいターンを決めた。
エリシアは羞恥と戸惑いを顔に浮かべながらも、再びルシャンに剣を突きつけた。怒りか、迷いか、その剣が小さく震える。
ルシャンは伊達男の笑みを浮かべてそれを見守ると、再び凛々しく瞳を切り替えて剣を構えた。
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早鐘のように鼓動を鳴らす小さな胸を抑え、リルリラは息をのんだ。
観客は身を乗り出していた。
かつての恋人同士。愛憎入り乱れる剣の舞。台本にはないこのやりとりが、劇的な舞を生んだのだ。
「次からは、今のが台本になるかもね」
安堵に胸をなでおろしつつ、女監督は笑みを零した。