剛腕がうなりを上げて、烈風を巻き起こす。
横薙ぎの一撃が、あろうことか縦に伸び、距離をとっていた私の肩をえぐった。たまらず膝をついた私の傍に僧侶が駆け寄り、癒しの術を施す。が、獣は獰猛な笑みを浮かべると、白い吐息で空気を震わせ、巨大な竜巻を呼び寄せる。
避けることもかなわずひとまとめに巻き込まれ、私と僧侶は宙を舞う。
「キィッ!!」
ラッキィの翼が風に激しくはためいた。
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ドラキーのラッキィ、酒場で雇ったバトルマスター、そして僧侶。これが初戦の構成だった。
火力重視のメンバー選択である。
相手の特徴が分からない以上、こちらの強みを最大限に発揮できる構成で挑戦してみようというわけである。
が、しかし。
結論から言えば、このパーティは一瞬で壊滅した。
矢継ぎ早に繰り出されるパワフルな攻撃の前に、僧侶一人ではとても太刀打ちできなかったのだ。
「なんと他愛もない」
牙王の嘲笑が頭上から降り注いだ。完敗という奴だ。
だが、これは屈辱ではない。
こうして敗北を重ねながら敵を知り、戦術を組み立てていくのが今回の挑戦である。
とりあえず、強戦士の書に記された魔人、"破戒王"とよく似た闘法を使う相手だということはわかった。最初の収穫である。
また、どうやら増援を呼ぶようなタイプではなさそうである。殲滅力はさほど必要ないと見た。
ならば、次の手だ。
私は酒場に顔を出すと、僧侶2名を新たに雇った。合わせて3人の僧侶が私の背後に付き添う。
かつてダークネビュラスと戦った時と同じ、私一人が攻撃に回り、残りが全力で戦線を維持する、なりふり構わぬ持久戦の構えである。
「フン……小賢しい奴」
牙王はつまらなそうに鼻を鳴らしたが、この戦術は有効だった。
少なくとも初戦のように一瞬でパーティが壊滅することは無く、ある程度安定した戦いが可能となった。
だが、敵もさるもの。そう簡単には勝たせてくれない。
勝利を阻む最初の壁は、テンションバーン。敵から受けた打撃を自らの力に変換する捨身の技である。
牙王の攻撃のうち、爪による軽い攻撃と真空呪文には辛うじて耐えられる。これが我々にとっては大きな強みだった。
だが、牙王が力を高めれば、全てが致命の一撃となってしまいかねない。
仕方なくテンションバーンが切れるまで、攻撃を控え、防御と補助に徹する。攻撃の機会が減り、戦いはいよいよ長期戦の様相を呈し始めた。
それでも隙を見計らい、攻撃を続けるうちに牙王の表情から余裕の色が消える。
「ならば本気を出してやろう」
ゴースネルはそう呟くや否や、毒々しい瘴気を放ち、自らの身体に闇をまとう。
ここからが本当の戦いだった。
おぞましい雄たけびが鳴り響き、破滅の流星が降り注ぐ。紫雲の竜巻が空を切り刻めば、巻き込まれた犠牲者の身体を猛毒が蝕む。
次々と切り札を繰り出すその一方で、牙王は得意の突進攻撃の手も緩めない。
いかな僧侶3名といえど、戦線を支えるのが精いっぱいである。
牙王の身体から闇の衣が剥がれ落ちるまでは、我慢の時だ。私も盾を構え、防御に専念する。
やがて空気に溶けるように、闇の衣が雲散霧消する。今だ! 私は剣を強く握り、斬りかかる。が、しかし!
「……!!」
辛うじてその手を止める。牙王がほくそ笑む。魔獣のたてがみが淡く輝く。またもテンションバーン!
なんということだろう、二重の防壁とは!
攻撃の機会を失い、じりじりと後退する。そうこうする内に牙王は再び闇の衣をまとい、またしても防戦一方に……。
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結局、この戦いは決着がつかなかった。時間一杯まで戦って双方倒れず。時間切れである。
火力を捨てて安定を求めた結果がこれとは……。どうやら極端すぎたようだ。
とはいえ、長い戦いは私に多くの知識をもたらしてくれた。
少なくとも、敵の切り札を暴けたことは大きい。
注意すべきは封呪の力を秘め、混乱を引き起こす雄叫び、爪に仕込まれた麻痺毒、そして竜巻がまき散らす猛毒。
これらは装備に施された錬金術で予防するのが最善だろう。勿論、完璧とはいかないだろうが、酒場で仲間を雇う際の指針になる。
フォースもいろいろと試すことができた。まず、闇は通りが悪い。風雷、炎は同程度だろうか? 光は有効に思えた。
そして攻撃を阻むテンションバーン、これをどうにかしないことには勝負にならない。
やはり組むべきは爪使いか……? いくつかの構成が頭に浮かぶ。
「どうした、勝てる方法は見つかったか?」
冷やかすように牙王が笑う。
「まあ、もう少し待ってもらおうか」
私は軽く肩をすくめた。
焦りは禁物。あくまでも情報収集が先決。次は少し視点を変えて、搦め手を試してみるとしよう。