牙王との戦いはまだまだ続く。
次の一手は、足止めの技に長けた盗賊たちだ。
我々魔法戦士団の中でも頭の固い団員などは、盗賊の力を借りるなど……と苦い顔をするのだが、実のところ、私は彼らにかなりの期待を寄せていた。
強かな生命力と巧みな技を持つ盗賊たちは考えれば考えるほど、牙王対策の本命となる人材に思えたのだ。
まずは爪の使い手であること。ゴールドフィンガーでテンションバーンの守りを突破しつつ攻撃を担当できる。
次に、お得意の奇襲攻撃。敵の動きを妨害することで僧侶2名が態勢を整えるための時間を稼ぐことができる。
最後に、目立たない長所だが、キアリーの呪文。これは牙王がまき散らす猛毒への保険になる。
全てが額面通りに機能してくれれば、牙王への対抗策として、理想的な戦力となってくれるはずである。
……そう、全てが額面通りに機能してくれれば。
事実は小説より奇なり。現実の戦いは机の上で進んでいくわけではない。
私はこの日、嫌というほどそれを思い知らされることになった。
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呪符を掲げ、呪文を唱える。白い煙が獣の姿を形作る。
現れたゴースネルは私の顔を一瞥し、ややうんざりした表情でため息をつく。
「またお前か。いい加減にしろ」
「そう思うなら、勝たせてくれんか。もう会わずに済むかもしれんぞ」
獣の王は牙をむいて笑った。
「お前の息の根を止めても、同じ結果になるな」
そして激しい雄たけびが鳴り響いた。
戦闘が始まり、冒険者たちは散開。牙王がテンションバーンを身にまとう。私は新たなメンバーに視線を送った。
さあ黄金の指を持つ盗賊よ、指先一つであの守りを掻き消してやってくれ!
「食らえ、タイガークロー!」
勇ましい掛け声とともに、猛虎の三連撃が見事に決まった。次々と力を高める牙王。
……私としたことが、攻撃専念を指示したままだった。慌てて指示を出し直す。果たして、彼は無事、ゴールドフィンガーで敵の守りを掻き消してくれた。
だがここからが問題である。
テンションバーンを解除した盗賊はアタッカーとしてその真価を……
「ピオリム!」
発揮しなかった。攻撃より速度を重視する。盗賊らしい選択ではある。
そうこうしているうちに僧侶の一人が倒される。天使の守りを受け、即座に復活。そして盗賊は……。
「ピオラ!」
立ち上がった僧侶にピオラの呪文を連発するのだった。
……速度強化の呪文は確かに有用な呪文だ。が、それはあくまで強化された状態で長時間、戦うことができればの話である。
今回のように倒されては立ち上がる戦いでは、かけ直す手間の方が高くつく。
故に私はピオリムを重視しない方針で戦っているのだが……
盗賊氏の考えは違ったらしい。
職人気質で頑固一徹。全員にピオリムが行き渡るまで、何が何でも強化呪文を使い続ける。これは計算外だ。
……と、頭を抱えた私の目の前に牙王の姿! 油断! 突進をまともに喰らう。身に着けた金のロザリオが光を放ち、辛うじて身を守ってくれたが、余力は欠片もない。
盗賊はそんな私に気づくや否や、真っ先に駆け付け……
「ホイミ!」
スズメの涙ほどの回復呪文を唱えるのだった。
盗賊とは多芸な職業である。そして束縛を嫌い、自由を貴ぶ。故に、指揮を執るのは難しい。
あまつさえ、万全な状態になっても尚……
「盗む!」
……嗚呼、盗賊よ。何故、君は盗賊なのか。
机上論が音を立てて崩れていく。机ごと一刀両断だ。
仕方なく、私はこまめに指示を出し直すことにした。テンションバーンを使われた時のみバランスよく、それ以外は攻撃専念を。
だがこのやり方ではテンションバーンに対して一歩、対応が遅れる上、私自身の行動が阻害される。後手後手に回ることになる。
とはいえ……
盗賊の持つ能力そのものは、やはり非凡なものがある。足止めと攻撃を織り交ぜ、巧みな戦いぶりを見せる。
徐々に敵の体力を削り、ついに白銀のたてがみが赤く染まる!
……が、そこまでだった。
不意を突いた牙王の襲撃が盗賊と僧侶をまとめて葬る。瞬く間に窮地に陥ったパーティはそのまま立て直すことができず、ついに地に沈むことになった。
気づけばそこはレンドア。異界への仲介役を務めるファーラットのドロシーが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
能力は十分。問題はそれを活かせるかどうか。盗賊の起用は雇った冒険者との共闘における、大きな課題を私に突き付けるものだった。
このまま彼らの力に賭けてみるか、あるいは、もう一枚のカードを切るか。
波の音響くレンドアの港にて、私は思考の波に揺られ、大きく首をひねるのだった。