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輝く風が絶え間なく吹き続け、なだらかな曲線を描く氷の大地を、マーブル模様に染めていく。
頭上を横切る巨大なアーチは、石造りの橋のようにも、巨大な蛇の骨のようにも見えた。
ここは氷の領界。身を切るような寒さと激しい風雪が旅人の前進を阻む。
とこしえの氷原と近隣の住民は呼んでいるそうだ。
私、ミラージュは、ヴェリナードからの指令によりこの地を探索中の魔法戦士団員である。
新天地の探索役に選ばれ、喜びに胸を弾ませたのも束の間。背ビレも凍る極寒の地の洗礼に、早くも常夏のウェナが恋しくなりつつあった。
進路上の魔物を追い払い、安全確保のサインを送る。ややあって、背後から荷車を引く音。後続部隊が追い付いてきた。
彼らは魔法戦士団員ではない。また、私と同じウェディでも、アストルティアに住む他の種族でもない。
頭部に長い二本の角が見えた。私に向けて手を振るその腕に、硬質な鱗模様が見えた。
彼らは竜族。ナドラガ教団の者たちだ。
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私が氷の領界を訪れた丁度その頃、ナドラガ教団は食糧輸送隊をこの地に派遣したところだった。
なんでも、この先の集落で食料が不足しているらしいのだ。既に最低限の食糧を積んだ第一陣は出発し、これは後詰の第二陣であるとのこと。
私にとっては渡りに船。護衛役として同道させてもらうことになった。
彼らから見ればよそ者の私だが、野営の際に振舞ったヌーク草のスープのおかげで十全たる信頼を勝ち取ることができた。
何しろ彼らは炎に包まれた大地の出身。保温効果を持つ料理など、考えたことも無かっただろう。
はるばるランガーオから取り寄せた甲斐があったというものだ。
保温効果がヒレの先まで働いてくれれば、もっとよかったのだが。
何度かの野営を挟み、輸送隊の行軍は続く。
行く手には、絶え間ない吹雪の壁と、果てしない氷の大地だけが延々と広がっていた。
道らしい道も見えず、人工物と言えば、いつ立てられたとも知れない古い道標の札がまばらに残っているのみ。稀に進路を阻む魔物達を覗けば生命の気配は欠片もなく、人が住める地とはとても思えない。
先行隊から詳しい情報を得ているはずの輸送隊員でさえ、地図を片手に首をかしげるほどだった。
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そんな我々の前に突如、姿を現したのは、氷の大地に突き立てられた、奇妙なオブジェだった。
比較的開けた平地……と、言っても地面は氷だが……から生えた、数本の柱。
まるで樹木が実をつけるように、枝分かれした柱の先に色鮮やかな球体がいくつも突き刺され、照明のように光を放つ。
そしてその周囲には、光に照らされ、慎ましく生い茂る草花の姿があった。
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ほとんどは氷の色に染まり、凍える風の蹂躙に屈していたが、中には頭上の球体と同じく色鮮やかに咲き誇るものもあった。
後で知ったことだが、この希少な草は天竜草と呼ばれ、高級素材として重宝されているそうだ。
しかし、ほとんど氷塊のようなこの大地で植物が育つとは……
私はもう一度オブジェを見上げた。
これは植物を育てるための魔法的な装置だろうか?
だが、柱をよくよく観察してみると、これ自体もまた一個の樹木のように見える。
あの不可思議な輝きを放つ球体が自然物とは、にわかには信じがたいが……。ここは竜の大地ナドラガンド。アストルティアの常識は通じない。
私はふと、輸送隊から仕入れた情報を思い出した。
この世界には恵みの木と呼ばれる不思議な木があり、それが生活を支えているのだそうだ。
氷に覆われた大地に植物。不可解な組み合わせだ。普通ならば植物が育つ自然環境ではない。
そう、"自然"な環境であれば。
私は吹雪に覆われた空を見上げ、天を凝視した。
教団の者には秘密にしているが、これまでの調査結果によれば、五つの領界を封印しているのは、ほぼ間違いなくアストルティアの種族神である。
炎の領界では炎神ガズバランがその任に携わっていた。恐らく水はウェディの神マリーヌ。嵐はエルドナ神。闇は地神ワギだろう。
消去法で考えれば、この氷の世界を監視するのはプクリポの神ピナヘトということになる。
ピナヘトは花の神。彼の神の御業をもってすれば氷に花を咲かすことも、樹木に不思議な力を与えることも、造作もないに違いない。
だが……。
領界を封印し、隔離する神々が、一方ではこの地に恵みを与え、守護してもいるのだとしたら、その真意はどこにあるのだろう。
ナドラガの呪縛を解き放ち、竜の大地を一つに統合せんとするナドラガ教団の意思は、果たして神々の意に沿うものなのかどうか……
輸送隊は歩を進める。空には吹雪が吹き荒れる。天を覆い視線を遮る、白いカーテンだ。
真白き闇を見据え、道なき道をゆく。
先はまだ、長そうだった。