村にたどり着いた輸送隊は私に護衛料を払うと、先行した第一陣と合流すべく待ち合わせの地点へと向かった。どういうわけか、リルリラも同行するらしい。
私は一足先に失礼して、自由に村を散策することにした。
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寒さ染み渡る氷の領界で、唯一の人里と呼べる、このイーサの村。建物は全て氷を削って作られたものらしく、そこかしこに散りばめられたステンドグラス状の氷細工と相まって、村というより氷の宮殿といった趣である。
中央の柱には、氷の結晶を意匠化したのであろう、巨大なシンボルマークが設置され、オーロラ光を跳ね返していた。このシンボルは風車の役割も果たしており、柱は常に渦を巻いて水汲み場をかき混ぜている。ここは氷の領界。氷点下の世界。飲料水を凍らせないため、こうした技術が発展したのだそうだ。
ガラス細工のような美しい街並みは、私の乏しい知識からくる雪国のイメージとは大分、乖離したものだった。
寒冷地の村といえば、獣を狩り、その毛皮を着込み、獣肉と度数の高い酒で体温を保ちながら集団生活をしている……といった先入観があったのだが、氷細工を施された洒落た雰囲気の酒場には人気もなく、ガランとしたものだ。
人々の衣服も驚くほど軽装で、私の案内をしてくれたアデラ嬢など、常夏のウェナでも通用しそうな服装である。
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どこか浮世離れした眼差しを持つ美女、アデラ嬢は、寒さは確かに厳しいが、ここで生まれた者ならば耐えられる程度、と語ってくれた。
さすがは竜の大地。アストルティアの常識は通じない。
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……いや、まあアストルティアも似たようなものだが。
彼の地にヌーク草あれば、この地に恵みの大樹あり、か。教会に飾られたステンドグラスは赤い実をつける不思議な樹木を描き、静かに輝いてた。
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食糧不足で困窮しているという割に余裕のある村人たちの表情に私は首をかしげていたが、その件についてもアデル嬢が説明してくれた。
なんでも、この地を訪れた勇敢な冒険者と、一人の少女。そしてその少女を支えた奇妙な人物の働きにより、その一件は解決に向かいつつあるらしい。
とはいえ、まだまだ食料が安定したとはいえず、急場をしのぐ支援物資としての食糧輸送は無駄にはならなかった。
ナドラガ教団の輸送隊も、二つの意味で胸をなでおろしたことだろう。
一つは、自分たちの苦労が徒労とならなかったことに。もう一つは、教団がこの地に進出するにあたっての大義名分を失わずに済んだことに。
各領界を繋ごうとする教団にとって、この旅は単なる異界探検ではない。大袈裟に言えば、これはバラバラに暮らしている各領界の民をナドラガ教団の色に塗り替えていく壮大な作戦なのだ。
それがどのような結果をもたらすのか、誰も知らない。
あるいは、総教主オルストフだけは、その先が見えているのだろうか。
老教主の好々爺然とした皺くちゃ顔を思い出すたび、私は細い目の奥に宿る、強い輝きを想像せずにはいられなかった。