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なおも氷の領界、イーサの村にて。
アデラ嬢に各地を案内してもらいつつ、報告書にメモを書き込んでいると、遠くから言い争うような声が聞こえてきた。高く細い声だ。
「やーい元気吸い取り虫~~! お前なんか仲間に入れてやらないからな~!」
「そうだそうだ~~!」
「うるさいばかジャイム! いつかジャムまみれにしてやるから!」
目をやると、どうやら子供の喧嘩らしい。
しかし仲間はずれは感心せんな……。子供の縄張り意識というのは、あれで結構厄介なものだが……
「あーあ、わかってないなあ、ミラージュは」
したり顔で後ろから顔を突き出したのは、別行動していたはずのリルリラだ。その後ろには、ナドラガの神官エステラ殿もいる。
なるほど、輸送隊第一陣の指揮を執っていたのは神官殿。リルリラが教団員についていったのはそういうことか。
神官殿と軽く再会の挨拶をかわすと、私はリルリラに先ほどの言葉の意味を尋ねた。
エルフはチチチ、と指を振りながらニヤニヤと笑った。
「あれはね、気になる女の子についつい意地悪しちゃうっていう心理なんだよ」
「私もそう思います」
エステラ殿が穏やかに頷いた。
「微笑ましい光景だよね~」
「そうですね」
リルリラに神官殿、さらにアデラ嬢も加わって頷き合う。ううむ、女というのはどうしてこう、恋愛話が好きなのか。
「殿方はシャイでいらっしゃるから」
くすりと神官は笑みをこぼした。またも笑い合う女たち。ええい、面白くない。
だが、少女を追いかける少年の台詞を聞けば、私も女たちの慧眼を認めざるを得なかった。
「おーい、俺の子分になれば仲間に入れてやってもいいぞ!」
追いかけっこは続く。確かに、微笑ましい。
「だがなあ……」
私はふっと白いため息をついた。
これを微笑ましいと笑えるのは大人の感覚なのだ。当の子供にとってみれば、好意からであろうと何であろうと仲間はずれにされ、遠くから悪口を言われる悲しさに変わりはない。
ひねくれた大人に育たなければよいのだが。
などと、ついつい余計な心配をしてしまったものだが……
この少女の置かれていた境遇は、そんな心配を通り越すほど過酷なものだった。
私がそれを知ったのは、その日の夕刻。
村長からナドラガ教団への詳しい状況説明が行われ、私もそれに同伴させてもらった時のことだった。
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暗く深刻な口調で、村長は語った。恵みの木と、この地を襲った危機。そして竜族に伝わる伝説と、一人の少女の物語。
ここでその全てを語るつもりは無いが、決して愉快痛快とはいかない話だった。
窓の外で冷たい風が口笛を吹く。話が終わるころ、教団員の約半数が苦々しく顔をしかめていた。
彼らの気持ちはよくわかる。罪もない少女に対し、これまで散々冷たくあたっておきながら、事態が一変するや否や、本当は心配していた、などと手の平を返すとは。随分と虫のいい話ではないか。厚顔無恥とはこのことだ。
一方で、村人たちが都合のいい嘘をついているわけでもないことも私にはよくわかった。
同情はしていたし、間違っているとも思っていた。だが、怖いものは怖い。彼らは遠ざけることでしかこの問題を処理できなかったのだ。
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力なき者は弱く臆病で、臆病者は自分を守るため、いくらでも残酷になれる。
私は部屋の奥で、逆に申し訳なさそうな表情で話を聞いている少女に目をやった。
そして、別の少女の名を……私が育った場所の名を思い出していた。
フィーヤ孤児院。
弱さが攻撃に変わるには、ほんの些細なきっかけがあればよい。
事態がそこに達する前に救いが訪れたことを、私は神に……とりあえずはこの地に縁深いであろうピナヘトに……感謝した。
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当分の間、彼女は腫物のような扱いを受けることになるだろう。例外と言えば、あの少年たち……確かジャイムとかいったか。事実を知った今では、彼らの行動がまた別の意味を持って浮かび上がってくる。
この少女にとって、せめてもの救いになってもらいたいものだ。