半ば凍結した巨大な骨がアーチ状に伸び、氷塊と氷塊を繋ぐ。この骨がいかなる生物の骨なのか、現地の住民ですら知らないまま、天然の橋として日々、利用しているそうだ。
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一晩をイーサの村で過ごし、周辺地域の情報を仕入れた私は翌日、地図を片手に村を出た。
目的地は、村の東、アヴィーロ遺跡。村人たち曰く、古い文明の遺物が眠る場所、だそうだ。
ナドラガンドの成り立ちはいくつかの伝説で語られているが、どれも断片的で不明瞭である。
過去の文明の名残を当たれば、その謎に辿り着くこともできるのではないか。せめて、その鍵ぐらいはあるのではないか。
ヴェリナードから領界調査のため派遣された魔法戦士として、私には探索の義務がある。
……ま、どちらかといえば義務感よりも、個人的興味の方が強いのだが。
お供は僧侶のリルリラにドラゴンキッズのソーラドーラ。仔竜は寒さが苦手なのか、時折足を止めると、口から炎を吐いて体を温めていた。
骨の橋をたどり、東へ、東へと歩を進める。色とりどりの極光にあわせて踊る、カラフルなスライムたちの姿が遠くに見えた。その先には、また骨の道。
氷の大地から時に突き出し、また潜り、大地と大地を繋げる巨大な骨は、地にうねる大蛇を思わせる。
あるいは、竜か。
私は聖都エジャルナで、ナドラガの神官達から聞いた話を思い出していた。
ナドラガンドが五つの領界に引き裂かれた時、竜の神ナドラガもまたその身を五つに引き裂かれ、各領界に封じられた、という伝説だ。
炎の領界では、荒野にそびえる巨大なナドラガ神像が、引き裂かれたナドラガの頭部であると信じられている。
この伝説が真実なら、氷の領界のどこかにも、ナドラガ神の一部が眠っているはずだ。
どこかに。そう、例えば、私の足元にでも。
固く冷たい感触が靴底から伝わってくる。かつてこの地を闊歩していた、あまりに巨大な、何者かの骨。
この骨は、ナドラガの骨なのではないだろうか。
地図を開く。氷の大地を貫く竜骨は、曲がりくねりながら大地そのものの形を描くように見える。
氷の領界とは、細長くうねった竜の骨に肉のように張り付いた氷で形成された大地なのではないだろうか。
竜骨は大地と大地を繋ぐ橋ではない。文字通り、この世界の骨組みそのものなのだ。
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そして竜の尾は領界の東端でとぐろを巻いていた。尾の先が巻き付いた陸地は、巨大な岩山のように見える。
そう、岩山だ。氷ではない。氷の世界に、唯一とも思える岩の大地。
この陸地にアヴィーロ遺跡と呼ばれる古い文明の遺産がある。
私はごくりとつばを飲み込んだ。
この遺跡は我々の想像以上に、ナドラガンドの謎に迫る代物なのではないか。
期待と興奮、若干の緊張とともに我々は竜骨を登りっていった。
高度はかなりのもので、途中、崖のぼりに近い態勢でよじ登らなければならなかった。
乳白色のモヤが視界を覆い隠す。霧? 雲か? 手探りで上を目指し、やっとのことで陸地にたどり着く。
すると、夜が訪れた。
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ナドラガンドに昼夜の区別は無い。だが、遺跡から見上げたその空は、夜空としか呼びようがなかった。
オーロラは未だ空にきらめいていたが、氷原から見上げた空の、あの奇抜なまでのカラフルさは失せ、濃い青に染まった静寂の空に美しく舞う光のカーテンがあるだけだった。
この場所は、これまで旅してきた氷の世界とは何かが違う。そう直感するには十分な変化だった。
そして遺跡群に一歩足を踏み入れた瞬間、それは確信に変わる。
イーサの村とは明らかに違った石造りの建築物、整然とした石畳。そう、氷ではなく石でできた街並みだ。
私は夢中になって建築物を調べ回り、写真を撮り、報告書に文を書き連ねた。
実に迂闊なことである。
ここは未知の領域。どんな危険があるかわからない。それは百も承知のはずだったのだが……
私が、何者かの気配に気づいた時、既に我々は"彼ら"のテリトリーを侵していたのである。