アヴィーロ遺跡の探索を終えた私はイーサの村に戻り、ヴェリナードへの報告書を整理していた。
宿にはアストルティアから派遣されたコンシェルジュが抜かりなく配備されており、早くもこの村が世界宿屋協会の手中に収まったことを感じさせてくれた。
まったく、あれはどういう団体なのか。この仕事の速さ、浸透速度。ナドラガ教団どころの話ではない。
私の調査も、竜族より彼らを対象にした方が良いような気がするが、この組織に目をつけられるとあらゆる探索活動に支障をきたす。我ら魔法戦士団、魔族も竜族も恐れはしないが、彼らにだけは得体のしれない圧力を感じるのである。
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とはいえ、それは本筋ではない。
この日、私の耳に飛び込んできたのは、カーレルの氷雪洞で暴れる"死神"の噂だった。この村からそう遠くない場所に広がる地下空洞である。
"死神"といえば、解放者と呼ばれる勇敢な冒険者によって退治された魔物である。それが再び現れるとは……村人や教団の者達は首をかしげていたが、五大陸から来た冒険者たちには、思い当たる節があったのではないだろうか。
そう、これはアストルティアでも度々見られた、あの現象に違いない。
速やかに探索隊が結成され、私もその一員に加わった。かねてより、噂に聞く恵みの木の地下に広がるという大空洞を覗いてみたいと思っていたのだ。かくして、地下探検が始まる。
さすがに地下までくれば、あの極彩色の光ともお別れだろうと思っていた私は、第一歩からその予想を打ち砕かれた。
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天窓のように開いた氷の裂け目からオーロラが細長く差し込み、鮮やかな紫色のプリズムが洞窟内を照らし出す。
一面に張った氷がそれを跳ね返し、地下洞窟とは思えない煌めきが我々の周囲を満たしていた。
どうやらこの世界の創造主は、とことんオーロラに拘りたいらしい。
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まるで煌びやかな極光から逃れるように、探索隊は奥へ、奥へと突き進む。
地底湖が顔をのぞかせ、周囲に冷たく湿った空気が充満し始めた頃、我々は目的のものを発見した。
"死神"は、やはりいた。正確に言えば、その幻影だ。
強い力を持った魔獣・魔族は死してなお、自らの分身をその地に残すという。例えば、"暴君"、"天魔"。
彼らは意思を持たず生前の行動を繰り返す厄介な存在だ。死神の幻影もまた、この地を訪れる旅人を無差別に襲っていた。
戦闘の苦手なメンバーを後ろに下がらせ、残った戦士の顔ぶれは、奇しくも遺跡での戦いと同じ、魔法戦士の私とドラキー、僧侶二名だった。大抵の敵には対応できる構成である。
発見はすなわち遭遇、我々を一瞥し、死神の冷たい瞳が笑みを浮かべた。
結論から言えば、我々はこの敵に勝利した。
かなりの強敵ではあったが、あの遺跡を荒らしていた魔物たちの波状攻撃に比べれば、まだ可愛い部類である。
……と、言ってしまえるのは、結果論か。
実際、面白い、もとい恐ろしい相手だった。
あの死神は間違いなく、我々を一掃できるほどの大技を持っていた。だが、その前に必ず、悪ふざけとも思える奇妙な技を使うクセがあり、そのおかげで我々は命拾いしたようなものである。
もし、死神が遊び抜きで勝ちにきていたなら、今ごろどうなっていたことか……
どうも、彼にはまだ底を見せていないような独特の雰囲気がある。果たして、死神は本当に死んだのか……幻影がかき消えた後も、私の胸中には一抹の不安が残るのだった。
我々は尚も探索を続け、氷上に捨て置かれた一本のステッキを発見した。先ほどの幻影が手にしていたものと同じデザインだ。
強い力を持った道具が、魔瘴の依代になることもあると聞く。あるいは、幻影の出現はこれのせいか。
我々は相談の末、ステッキを念入りに焼き尽くし、とりあえずの解決とした。
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それにしても、あの幻影が喚き散らしていた言葉が気になる。
邪悪なる意思のしもべ、と確かに言っていた。
自ら邪悪を名乗るとは、どういう趣味の集団なのか理解に苦しむが……どうやら、ナドラガ教団が敵対する組織を勝手に邪悪と呼んでいる、というわけではないらしい。
私はこれまで、邪悪なる意思とは、ナドラガを除く6種族神を指す言葉ではないかと疑っていたのだが、どうやらその線は薄くなったか?
竜族との関係を考えれば、これは明るい材料である。
ナドラガといえば……
ふと、死神に敗れ、寝込んでいるという、ある神官のことを思い出す。
いかにも凶悪な魔獣、屈強な戦士に敗れたならばともかく、"あの"死神に負けて半殺しにされたとあらば、色々な意味でショックだろう。
彼が得意とする氷の呪文も、アレが相手ではいかにも分が悪い。ところん、貧乏くじを引く男である。
私は僧侶ではないが、彼の容体が回復することを祈っておくとしよう。