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氷晶の聖塔へとたどり着いた我々に声をかけてきたのは、ファンナという名のシスターだった。
この塔の管理人を名乗る、謎多き女性である。
彼女の問いかけこそが、探索者に対する第一の試練だった。
ファンナ、といえば私などは子供の頃に読んだ異世界の物語、"甲竜伝説"に登場する女狩人を思い出してしまうのだが……シスター・ファンナが彼女のような可憐な容姿を持ち合わせていたかどうかは、ご想像に任せるとしよう。
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問いかけの内容は、実に興味深いものだった。意味が分からないものもあったが……特に興味を引かれたのは新たな職業についての話だ。
商人……冒険商人というのは一種の憧れである。天空物語に登場する武器屋トルネコが特に有名だろうか。学者というのも、一見すると堅苦しく見えるが、遺跡や辺境の地でフィールドワークに勤しむ学者達の姿は、冒険者に通ずるものがある。悪くはないぞ……
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……などと、真面目に考えれば考えるほど、馬鹿を見る試練だった。
一度失格になり、二度目の挑戦で正解を言い当てた私は、次の瞬間、がっくりと身体から力が抜けていくのを感じていた。
そして私は確信した。この地を治めるのは、プクリポの神ピナヘトに違いない。
このセンスはプクリポのものだ。ああ、紛れもなく、そうだとも!
こうして塔内に足を踏み入れる権利を得た私は、そこで再び、ピナヘト神の関与を確信することになった。
塔の中に広がっていた景色、それは……
……いや、詳しくは語るまい。仮にも竜族の聖地のひとつ。私の一存でその秘密を明かしてしまうのは憚られる。
ただ一つ言えるのは、ピナヘト神の気配を感じずにはいられない光景だった、ということだけある。
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ここで、探索者への第二の試練が与えられる。
閉ざされた扉。立札に刻まれた、謎めいた言葉。
どうやら謎かけの時間らしい。
下手の横好きと笑われるだろうが、私はこうした謎かけに目がない性質である。立札を前に、腕組しつつ唇の端を吊り上げる。
ヒントはある。これまでの道のりで徐々に深めていった、ピナヘト神に関する推測。魔法戦士としてアストルティア中を駆けまわった経験。目の前の光景。そして立札の文言。
これらを統合して考えれば、次に行くべき場所は自ずと……
「ああ、あそこに行けばいいんだね」
隣で僧侶のリルリラも頷いた。ほほう、お前もこの手の謎かけはお手の物というわけか。
「いや、そういうの知らないけど、ここに書いてるから」
と、彼女は立札の隣に貼り付けられた紙切れを指さした。
誰かのメモだろうか。白馬をデフォルメした陽気なイラストと共に、次のような文章が書かれていた。
『この立札の言葉が意味することは……というわけで……に向かいなさい』
そう、それは謎が解けない者のためのヒント……どころではない。
ずばり、答えそのものだった。
私は頭を抱えた。謎解きの楽しみもあったものではない。
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「随分親切な人もいたもんだね~」
あっけらかんとリラは言う。ああ、全く親切だ。どこの誰だか知らないが! 有難すぎて涙が出る!
私は白馬の絵を睨みつけた。もし私が馬のぬいぐるみを持っていたなら、迷わず投げ捨てていただろう。
誰に文句を言えば良いのかもわからず、私は空を見上げ、天に毒づいた。
すぐに答えを教えるくらいなら、謎かけの試練なぞ、やめてしまえ!
全く……
私は大きくため息をついた。道に迷う自由すら許されないとは。
この世界の神々は、余程冒険者に冒険をさせたくないものと見える。
その割に戦いだけは過酷になっていくのだから、どこを目指しているのやら、だ。
「こら、思い通りにならないからって愚痴らないの」
ぺこりとリラが私の後頭部を叩いた。
ともあれ、やることはやらねばなるまい。
謎解きを別としても、この試練には興味深い点がある。
それは……竜族だけでは、この試練を突破することは決してできない、という所だ。
これは何を意味するのだろうか。
エジャルナで読んだ神学書によれば、かつてナドラガが7種族神の長兄として君臨していた頃、竜の民は天空から他種族を見守る管理者的存在だったという。
それが今では、他種族の協力を仰がねば、自らの世界を行き来することすらできないとは……
神々の思惑やいかに。文字通り、神のみぞ知る、か。
ともあれ、私は指示された場所に向かうため、一旦、塔を後にするのだった。