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「思ったより遅かったね。何かあったの?」
エルフのリルリラが私を出迎えた。ここは氷晶の聖塔入り口。私は探索者に課せられた"第2の試練"を終え、ここに戻ってきたところである。
確かに、色々な事があった。私は難しい顔をした。エルフは首をかしげたが、私の体験したことを一言で伝えるのは困難だ。
あえて簡潔にまとめるならば……
全ては、キノコなのだ。
私は滔々と語った。私の見てきた景色、乗り越えてきた戦い、ピナヘト神の与えた第二の試練のことを。
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真っ暗な闇夜に、蛍光色のキノコが輝く。星よりも強く鮮やかな光だ。青、緑、赤……蛍光キノコは夜風に揺れ、独特の香りを私の元へと送り込む。香りは鼻孔から脳へと昇り、頭の中を埋め尽くす。麗しい芳香。
それはやがて熱となり、声となり、私の耳元で何ごとか囁いた。そう、言葉だ。私の熱した脳内に、キノコの言葉が響いたのだ。
私は声に導かれ、キノコにそっと話しかける。すると、どうだろう。私の目の前でキノコはたちまちのうちに単眼の巨人へと変化した。いや、そうではない。キノコは元々巨人だったのだ。
胞子の雨が降り注ぐ中、私の視界は次第にぼやけていき、気づけば辺り一面の花畑。
輝く青空の元、色鮮やかな花が咲き誇り、キノコの巨人が踊り狂う。赤、青、緑。極彩色のキノコたち。特徴的な単眼の群れが私を見つめ、ニヤニヤと笑う。
私は恐怖に駆られ、必死で逃げた。だがキノコをかじるたびに、巨人は次々に増えていく。一人、また一人、巨人が視界を埋め尽くしていく。
そして、嗚呼、ついに! 逃げ場は無くなった。私は呆然と立ち尽くす。
キノコの歌が聞こえてくる。まるで呪文だ。口々に唱える巨人たち。それを聞くうちに、私は身体に穴が開いたような浮遊感を覚え……
「ばかっ!!」
ぱしん、と、唐突に高い音。続いて、左頬に熱が走る。私はふと、現実に戻った。
リルリラは平手打ちを打ち終わった体勢のまま私を睨みつけていた。……何だというのだ?
彼女は怒りも露わにつかつかと詰め寄ってくる。そしてぐい、と顔を近づけた。
「危ないクスリに手を出しちゃダメって、あれほど言ったでしょ!」
いつ言った? 初耳だぞ。そして誤解だ。
私は務めて冷静に、いきり立つ僧侶をなだめた。
だがこの誤解を解くのは、かなり難しそうである。何しろ私自身、キノコの毒に当てられて、幻覚でも見ていたような気分なのだから。
あまつさえ、氷の領界に戻ってきた私を出迎えたのは、サイケデリックな極彩色の空。そして塔の中には、またもやキノコ。負けず劣らず極彩色。まだ幻覚の中にいるかのようだ。キノコ、キノコ、花畑……「魔法のマッシュルーム」……!
……このカラフルな世界は、そういう意味ではなかろうな……?
ピナヘト神に危険な趣味がないことを祈っておこう。誰に? もちろん、本人に。
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「で、結局どんな試練だったの?」
気が落ち着いたのか、改めてリルリラが尋ねてきた。
私ももう少し、具体的に、わかりやすく話すことにしよう。
私を待ち受けていたのは、青、赤、緑の3種の試練、すなわち3種の巨人との戦いだった。
中でも最も恐ろしかったのは、青の試練である。3~4回ほど失敗しただろうか。
敗北するたびに装備とメンバーを入れ替え、最終的には攻撃を重視する方針で勝利を得ることができたのだが……
……結局のところ、運が全てだったようにも思う。何しろ、最後の挑戦では、最も厄介な行動を相手がしてこないまま終わったのだから。
ま、攻撃を重視した戦術のおかげで敵が得意技を使う前に倒せた、と前向きに捉えておこう。
赤の試練は青に比べれば易しく、緑にはなかなか苦労させられたものの、あのレグナードとの戦いに備えて購入した防具が良い仕事をしてくれたこともあり、突破に成功。
かくして私は第3の試練に挑む権利を手に入れた、というわけである。
「思ったよりお早いお帰りでしたね。もっとかかるかと思いました」
シスター・ファンナはにこやかに私を出迎えた。
その特徴的な笑顔に、私は見覚えがあった。それも、つい先ほど。
ふと、線が繋がるのを感じた。
「……あの場所は、君の故郷なのか?」
だとすると、色々とつじつまが合う
「さて……。昔のことはわかりませんね」
シスターは軽くかわした。どうも、神事に関わることらしい。
ともあれ、これで前座の試練は終わり、ようやく塔の中を探索することができる。
いよいよ最後か。
開かれた扉を前に、私は改めて背ビレが震えるのを感じるのだった。