◆ ◆

冷気を受け続け、半ば凍り付いた盾を軽く撫でる。対ブレスに特化した盾である。鎧も同じだ。
氷魔フィルグレアとの戦いでは、仲間の選出だけでなく私自身の戦い方にも様々な試行錯誤が求められた。
中でも勝負の明暗を分かつことになったのが、この装備だった。
当初、私は対呪文装備を使っていた。敵は終始マヒャデドスの呪文を多用する。それに対抗するため、わざわざバザーで対呪文装備を買い求めたほどだ。
買ったものは使いたくなる。かなり長いこと、私はその装備を使って挑み続けた。だが、それが間違いだった。
対呪文装備といえど、マヒャデドスを喰らえばそれなりの痛手となり、回復が必須となる。結局、僧侶の手が休まらないならばダメージの差など無きに等しい。
一方、ブレスに特化した装備ならば敵のブレスを完全回避できる。心頭滅却すればダイヤモンドダストもまた涼し。足止めの効果すら食らわない。リルリラはその間、自由に態勢を整えることができる。
守護者からあふれ出る冷たく輝く息、神々しく凍てつく吐息が我々にとっての福音となるのだ。
また、攻撃役に魔法使いを選んだことから、私自身もバイキルトを配る仕事から解放され、攻撃に専念することができた。
敵が本気を出した後は、長引かせず一気に畳みかけることが必須となるこの戦いにおいて、これもまた大きい。
勿論、戦士やバトルマスターと比べれば力は劣るが、私自身が魔法戦士である以上、他の職を羨んでも仕方がない。意を決し、討って出てみれば、隼斬りによる攻撃は、決して悪い選択肢ではなかったように思う。
魔法戦士というのは不思議な生き物で、ただの援護役で終わりたくないと願う反面、攻撃に徹することをためらう性質を持つ。私も途中までは仲間の援護ばかり考えて積極的に剣を振るわずにいた。それが図らずも泥沼の戦いを導く原因となっていたのだ。
結局は、自分の剣を信じろ、ということか。こびりついた固定観念との戦い、己との戦いである。

ふと、寝ころんだまま道具袋に目をやると、一つだけ残った氷菓子が目に入った。
アイスタルト。文字通りの氷菓子。バザーで買い求めた最高級品で、5食セット10万ゴールドという贅沢な品だが、ただの奢侈品ではなく冷気への抵抗力を高める霊薬という側面を持つ。戦闘前、私はこれを全員に振舞った。
決戦を前にした闘士たちが、緊張の面持ちて甘ったるいタルトを口にする姿は、控えめに言ってもかなり奇妙で滑稽なものだった。
知らないものが見たら、喜劇の一幕と勘違いするに違いない。ピナヘト神も、目を糸のように細めて笑っていたのではないか。
私は寝そべったまま苦笑した。それならばそれでもいい。
所詮我らは喜劇役者。
ふと、サルバリータの劇団で舞台に上がった時のことを思い出し、私は細くたなびくオーロラのスポットライトに手を掲げた。
さてお立ち合い。ここに刻まれし滑稽劇。勇者になれない魔法戦士は七転八倒、阿鼻叫喚。右へ左へ大わらわ。打たれ砕けて塵あくた。
されど我らは虚仮にはあらず。ピナヘト神も照覧あれ。喜劇役者の戦いを。
氷の塔にて繰り広げられる、意地と誇りの物語……
私はもう一度苦笑いを漏らすと、視線を壁の方に向けた。
小さな機械装置が備え付けられていた。三つのスイッチと簡潔な説明と操作法を刻んだ石碑が近くに設置されている。
無機質なその機械は、常に挑発的に我々を見下ろしていた。今、その視線から解放され、私は大きく息をつく。
「あれに頼らずに済んでよかったね。ハイ、めでたしめでたし~」
起き上がったリルリラがわざとらしく言った。意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「頼ればもっと楽ができたのに」
私も起き上がり、スイッチを見つめた。
そっけなく設置された、無味乾燥な機械装置。
だが私にとってこの装置は、ある意味では、あの守護者以上に手強い敵だったのだ。