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地下迷宮に足音がこだまする。足音の主は、何を隠そうこの私。
石造りの壁に沿って、私は必死に走っていた。
背後から聞こえる秒読みのような地響きの音は、徐々に大きくなっていく。
タイムリミット! 間一髪、私は壁の背後に回り込んだ。直後、大質量が空気を揺るがし、巨大な腕が地を薙ぎ払う。冷や汗一筋。巻き込まれれば、ただでは済まない。
ほっと一息ついたのも束の間。背にしていたはずの壁がぐるりとこちらに向き直る。
私は頭上を睨みつけた。背後にそびえる巨大建造物が、大きく腕を振り被る。
鬼岩城は赤い瞳を煌々と輝かせながら、私を見下ろしていた。
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ドン・モグーラとの戦いを終え、挑戦も一区切りついたはずの私だったが、気付けばこうして次の強敵に挑んでいる。
今回の相手は邪教徒が住んでいた城に命が宿って動き始めたという巨大ゴーレム、人呼んで暗黒の魔人。
実を言うと、私はこの敵と戦ったことが殆どない。友人に誘われて1~2回戦った程度である。
そんな私が一人で挑むなど無謀も無謀。
しばらくは挑戦を控えるつもりだったのだが……
きっかけは、またしても交流酒場である。
私の知る冒険者の一人が、酒場で雇った仲間と共に魔人を倒したという記事を読んでしまったのだ。
ならば、と触発されてしまうのが私の単純な所だ。
ま、冒険者向きの性格と前向きにとらえておこう。
お供はドラキーのラッキィに雇った僧侶2名。まずは戦略云々を抜きにして戦ってみることにした。
結果……
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当然の如く、こうなった。いつものこと、ともいう。
だが、収穫もあった。これもまた、いつものことだ。
何より嬉しかったのは、酒場で雇った仲間たちが意外なほど機敏な動きを見せてくれたことである。
地震だけはどうしようもないが、フルスイングや薙ぎ払いはかなりの確率で避けてくれる。
私が敵の攻撃から逃れ、必死で安全地帯に辿り着いたと思ったら、とっくに到着済みの僧侶たちが涼しい顔で祈りを捧げていた、ということもあった。
そういえば、かつて牙王に挑んだ時も、僧侶たちは破滅の流星をほぼ完璧に回避してみせた。
雄叫びのように事前に予測して逃げる必要のある技には弱いが、構えを見てから避けられる技には滅法強いのが彼らの特徴らしい。
もう一つの好材料は、わらわらと現れる魔造兵にマダンテが通じること。
魔力の歌さえあれば、剣を装備していてもマダンテの一撃で魔造兵を破壊できる。
これは大きな収穫である。魔造兵が増えすぎてどうしようもない状況に陥ったとしても、一発でそれを跳ね除けることができるのだから。
とはいえ、増えた敵を倒すことより、敵を増やさないことの方が先決。状況を見て、勿体ぶらずに早めに打つことも大事だろう。
そして……
建築様式に問題があるのか、魔造兵による修復が前提なのか、どうやらこの城は見た目よりも脆いようだ。フォースブレイクもそれなりに通じる。
魔造兵がいない間に一気に畳みかけてしまえば、勝機もあるはずだ。
かくして、地下迷宮に足音が響く。敵の攻撃をかわすため、私は城の周囲を走り回りながら剣を振る。
同じ場所をグルグルと。時計の針か、メリーゴーラウンドか。いやいやそんな洒落たものではない。
例えるなら無限回廊を走るバーサーカー。木の周りを走る虎。バターになるまで走るのだ!
挑むこと数度。走ること幾千里。
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気付けば、私は違う景色を見ていた。走る私の隣に、重厚な石造りの壁が無い。頭上を押さえつけるような真っ赤な視線も無い。
道を間違えて別の場所に来てしまったのか? そんなはずはない。
私は足を止めた。僧侶たちは、とっくに止めていた。
振り返れば、がれきの山。静寂と、冷たい空気。
驚くほどあっさりと、魔城は崩れ落ちた。
いまだに信じられない気分だが……どうやら私は勝利を手にしたらしい。
この戦いは、何よりも魔造兵の復活回数に左右される戦いである。
結局、運が味方したのだろう。危うい場面は何度もあったし、完全な実力による勝利とはいい難い。
だが逆に言えば、運次第で十分勝てる相手である。数日前までとても敵わないと思っていた相手は、実は雲の上の存在ではなかったのだ。
案外、これが一番の収穫なのではないか。
怖気づいていては勝てる相手にも勝てない。とりあえず、やってみる……練習札には、そういう試みを許容する力がある。
思えば私にとっては、練習札の配布こそがこの時代における最大の変化だった。単独挑戦に限らず、もっとこれを利用したいと思っている。
武器や職を限定しての挑戦にもうってつけだ。ランダムで職を決めての戦いも面白い。報酬など、どうでもいいではないか。
可能性はまだまだ広がっている、ように思う。