木造の柱に打ち込まれた留め金が、かがり火の揺らめきを跳ね返して、鈍く輝く。
神社の鳥居を思わせる赤い色の柵が、二階まで吹き抜けとなった大広間を取り囲んでいた。
何十年、いや何百年とこの建物を支え続けたのであろう柱たちは劣化の気配を微塵も感じさせず、むしろ流れた時間と同じだけの重厚さを、焦げ茶色に染まったその身にずっしりとまとっていた。
古めかしく、重厚な建築様式。いかにもエルドナ好みである。
だが、その広間の中央に鎮座するこの迷宮の主は、木造建築が醸し出す情緒をあざ笑うかのように、ギラギラとしたメタリックグリーンのボディを無言のままに誇示していた。
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中央に光る赤い単眼は、取り囲む鳥居の神聖な赤とは全く違った、警戒色の輝きで周囲を照らし出す。
金属の軋むような音が木造建築を振動させた。
モノアイが私の顔を映し出す。絡繰り仕掛けの装甲の合間に色とりどりのシグナルが走り、巨剣を携えた両腕がゆっくりと稼働する。
私もまた剣を構えた。
機械兵士の持つそれと比べて、私の武器の、なんと細く頼りないことか。
だが、今更怖気づくわけにはいかない。
私は正面からモノアイを睨み返す。
一方、戦闘機械は何の表情も浮かべず、淡々と私の姿を見つめ、自身の持つ過去の記録と照合しているようだった。
「ターゲット捕捉。戦闘データ無し。バトルログ001、記録開始」
ぐるりと、装甲の内部で何かが動き始めた。
身構えつつ、私は内心苦笑していた。
戦闘データ無し、か。スーパーコンピュータとやらも案外、いい加減なものだ。
「システム、戦闘モード起動」
宣言と共に金属の身体が熱を帯びて輝き始めた。四本足が駆動音を上げて動き出す。
私もまた動き出す。過去の記憶を頼りに、身体を走らせ、敵の側面へと回りこむ。
戦闘データ有り。バトルログ004、記録開始……!
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ことの始まりは今を遡ること半月ほど前。我が家の郵便受けに投げ込まれた一枚の札が、全てのきっかけだった。
表面に描かれているのは両手に剣を持った機械兵士。裏面には大きく「練習札」と記載されていた。
Sキラーマシーン練習札。巷ではそう呼ばれている。今を時めく話題の強豪に無料で挑むことができるという、夢のようなチケットである。
そこまではいい。
だが、 今回、配布された練習札は冒険者一人につき、たったの一枚。このことが私を悩ませていた。
私が求めるのは、ゼロからの試行錯誤である。
事前に他の冒険者から情報を集めることなく、敵の脅威を一つずつ体験し、その対応策と最善のパーティ構成を考えていく。その過程を楽しみたいのだ。
が、しかし。
挑戦できるのがたったの一回では、試行錯誤どころではないではないか。
私は札に描かれた機械兵士を恨めし気に睨みつけた。
そもそも練習札の存在意義は、コインやカードと違って何枚失っても惜しくないところにあった。
その練習札を貴重品にしてしまっては、何の意味もないのではないか……?
練習札という概念が登場してからほんの数か月。世界宿屋協会が早くも方向性を見失いつつあるように思えて、私は一人、溜息をつくのだった。
「別にいいじゃない。コインが安くなってからで」
と、僧侶のリルリラは気楽な口調で言った。
確かに、急ぐ必要はないのだが……。
何か言い返そうとして振りかえり、彼女の顔を見た瞬間、私の頭に電撃が走った。
リルリラは不思議そうに首を傾げた。
私には、普段付き合っている友人たちとは別の意味で懇意にしている冒険者が何人か存在する。
エルフのリルリラもその一人である。
他にオーガ、ドワーフ、プクリポが一名ずつ。ウェディの私を含めて五人。
リルリラを除く三人は戦いには不慣れで、専ら畑の水やりを生業としているのだが、彼らも名目上は冒険者である。
そして、練習札は「冒険者一人につき、一枚」
「どしたの?」
リルリラが再び首をかしげた。
この時、私の中で一つの計画が始動したのだった。