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蒼光に照らされて、素朴な家並みが青白く浮かび上がる。村の子供たちが、異邦人である我々を遠くから指さしているのが見えた。
カーラモーラは、闇の領界に存在する唯一の集落である。少なくとも、ナドラガ教団の調査が正しければ、そういうことになる。
旅立ちの前、そのことを聞かされた私はがっくりと肩を落としたものだ。どうやら、今回の領界も決して広い世界ではなさそうだ、と……
実際、闇の領界は小さな世界である。洞窟一つの規模でしかない。いくつかあった他の村も、あまりに過酷な環境故、全て壊滅したという。
私は陰気な雰囲気に沈む村の酒場で、軽い食事と苦い酒を味わいながら旅の疲れを癒していた。
このままいけば、この小さな世界はただの洞窟に変わるというわけだ。世界一つまるごと、無人の洞窟に。
「そうさせない為に、あの方々は戦っておられるのです」
エステラ嬢はそう語った。
解放者と呼ばれる冒険者と共に、先行してこの領界を探索していた彼女は、多くの情報を我々に届けてくれた。
オーガの淑女と竜族の少年。不浄の空気に満たされた地底世界。癒し為す月光。楽園と悪魔。
そして月の撃墜。
もっとも……彼女を疑うつもりはないが、最後の一つについては眉唾ものだ。
つい先日、旅行に行っているドラキーのラッキィから手紙が届いた。
そして、一緒に封入されていた写真がこれだ。
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どうも、月は平穏無事らしい。
「そもそも、月光とは太陽光の反射にすぎません。多少の殺菌効果はあるにせよ、これほどまでに強い毒に対して解毒作用があるとは考えられません」
ロボットにおとぎ話は通じない。キラーマシーンのR・ジスカルドは淡々と事実を述べた。
「ではジスカルド。彼らの言う月とは一体何だと思う?」
私はジョッキを持つ手を止めて、彼に問いかけた。
「浄化作用を持つ、何らかの装置でしょう」
「装置、か」
「はい」
私はジョッキを置いた。窓の外の天井を見上げると、素朴な村の様子とは対照的に、場違いなほど精巧な機械仕掛けの塔が高い天井から逆向きにそびえているのが見える。
この領界全てを見下ろす、"試練の聖塔"だ。
「あの塔の建造には相当なテクノロジーが使われているはずです。我々の造られた時代と同等か、それ以上のものと思われます」
フム、と私は頷いた。
五つの領界を司るのはアストルティアの種族神。闇の領界を治めるのは地神ワギに違いない。
かつて圧倒的な機械技術をもって栄えたというドワーフたちの神だ。浄化のための機械装置など、お手の物だろう。
氷の領界には寒さと飢えに苦しむ人々のため、ピナヘト神の恩寵、恵みの木があった。
ならば彼らのいう月とやらは、ワギの恩寵なのだろうか。
竜族を毒の世界に押し込めておいて、その一方で癒しを与えて自らを崇めさせているなら、かなり趣味の悪い話だが……
「予測は正確なデータに基づいて行われるべきです、ミラージュ。今の我々には……」
「ああ、わかっていることが少なすぎる。そのためにも探索が必要だ」
どの道、我々はすぐにこの村を出ねばならない。
落ちた月を取り戻し、村を救うため伝説の「楽園」を求めて旅立ったというカーラモーラの少年、サジェ。そして彼に同行する"解放者"殿。彼らの援護が教団、魔法戦士団双方から言い渡された私の任務である。
特に少年の安全について繰り返し訴えたのが、バジューという村の青年だった。
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「あいつに何かあったら、教団のお偉いさんだろうと魔法なんとか団だろうと、ただじゃあ済まさねえからな!」
とのことだ。少々鼻息が荒い。聞くところによると、件の少年とは兄弟のような間柄なのだそうだ。
もっとも、当の本人からは煙たがられているらしいが……
「あいつもまあ、色々あるからな……それにそういう年頃だしな」
青年は気まずそうに頭を掻いた。
「ともかく、あいつはまだ子供だし、誰かが守ってやらなきゃいけないんだよ」
本当は自分がそうするべきなのだが……と、青年は一瞬、俯いた。私はその様子に好感を抱いた。口は悪いが、人物は悪くなさそうな男だ。
私が少年のことを引き受けると、彼は神妙な顔つきで頭を下げた。
「それにしても、ウェディっつうのか? あんたら顔色悪いなあ。ひょっとして、外で毒でも喰らったのか?」
一転して軽い口調で青年は言った。
……いや、顔色に関しては竜族も人のことは言えないと思うのだが。
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どうも、竜族と我々の感覚は似ているようで何処かずれたものらしい。異文化交流とは難しいものである。
首をひねりつつ、我々は旅立ちの支度を急ぐのだった。