キュルキュルとキャタピラが回る。"月"周囲を旋回しながら修復作業を続けるQ484の楕円形ボディを、少年は歩きながら覗き込んだ。
「ふうん、ここはこうなってるんだ……」
と、キャタピラが旋回速度を急に上げた。覗き込んでいた少年の眼鏡が重金属ボディと衝突して派手な音を上げた。
「大丈夫ですか」
ジスカルドが駆け寄る。少年は片手を上げてそれを制した。
「大したことないよ」
これで何度目になるだろうか。管理端末に付きまとうサジェ少年は、度々Q484と衝突していた。怪我をするほどの勢いではないが、同じロボットのジスカルドには、それが気になるらしい。
「管理端末Q484。君は周囲に対するセンサー感度を再調整すべきです」
「最優先事項、浄化装置ノ修復。要請ハ却下スル」
Q484は事務的に返答した。
「別にいいよ。僕の方が不注意だったんだ」
ジスカルドは少年を振りかえった。
「少し、休憩を取った方がよろしいでしょう」
「別に怪我なんて無いって」
「怪我がなくとも、サジェ。あなたが彼を観察し始めてからかなりの時間が経っています。効率的な観察のためにも適度な休息は必要なものです」
ロボットに淡々と諭され、少年は渋々従った。私としては、少々納得がいかない。同じ提案を少し前に私がしたばかりなのだ。
その際の反応は、けんもほろろ。意固地になって私の言葉を聞こうもとしなかった。
「守ってくれなんて、頼んだ覚えはないのに」
そう言って、私に刺々しく背中を向けるのである。
「私は余程嫌われているらしいな」
横目でちらりとジスカルドを見る。
「はい」
酷薄なるキラーマシンはあっさりと頷いた。機械に躊躇いは無いのだ。
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奥歯で苦虫を噛み潰しながら、私は少年とロボットを見つめた。
ある意味では、こういう遠慮の無さが少年には心地よいのかもしれない。
ロボットは淡々と事実を述べるものだ。そこに感情は無く、子供への侮りや、大人としての見栄も面子も存在しない。だから子供は素直になれる。大人相手では、こうはいかない。
思春期に入りかけた少年のお守り役として、これほど適任な人材も存在しないのではないか。
「だがな、ジスカルド」
私はあえて反論した。少々、ムキになっている。
「子供は大人に反発して成長するものだ。嫌われ役だって、必要なんだ」
もちろん、私なんぞがその役をやらなくても、あのバジューという男が普段からやってるだろうし、保護者代行に過ぎない私にそこまでの役割は誰も求めていないのだが……。
ジスカルドには、それが新鮮な発想に思えたしい。モノアイがぐるりと回転した。赤いレンズが分析的な光を放ち、少年と私を交互に映した。
少々調子に乗り、私は肩をすくめて見せた。
「機械にはできん仕事だろう?」
「……なるほど」
ロボットはやや熟考ののち、返答した。
「今の私には、できない仕事のようです」
私は思わず笑みをこぼした。R・ジルカルドは、私の言葉を少しだけ改変したのだ。今は、と。私にはそれがおかしかった。
もちろん彼は、淡々と事実を述べたにすぎないのだろう。だが機械ならぬ私には、それがプライドを刺激されて意地になっているように見えた。それが彼のユニークな所なのだ。
サジェは、やはり疲れていたのだろう。壁に寄りかかって横になると、すぐに寝息を立て始めた。
私は肩から毛布を掛けてやった。少年は無意識のうちに毛布を手繰り寄せた。眠っていれば、素直なものだ。
一方、ジスカルドはサジェの側を離れ、Q484の元へと四本足を運んでいた。
ガチャリ、ガチャリと金属質な足音が空中都市に響く。
「どうした、ジスカルド」
「少々、確認しなければならないことがあります」
ジスカルドの口調はいつもと変わらなかったが、その内側に、有無を言わせぬ圧力があった。
奇妙な緊張感を感じ取り、私は二体のロボットに視線を注いだ。
楽園に、無機質な風が吹いた。
少年の寝息が、微かに乱れた。