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ヘックスマスに区切られた空の元、管理端末Q484による修復作業は粛々と続いていた。
キラーマシーンのジスカルドが、その背後に歩み寄る。
四本足の駆動音がカシャカシャと響いた。ブルーメタルが重金属楕円形の背後に立つと、黒い影がQ484の黄金色のボディを包んだ。
「管理端末Q484」
ジスカルドは重々しく言った。
重金属の管理端末は、振り向かなかった。
「何故、サジェを避けなかったのです。君のセンサー感度であれば避けられたはずです」
例の衝突のことだ。ジスカルドはまだ、こだわっているらしい。
些細なことでも納得するまで追求するのが機械のサガなのだろうか?
一方、Q484は事務的に返答した。
「最優先事項、浄化装置ノ修復」
「それは我々の三原則に反する行いではないのですか?」
ジスカルドは詰め寄るように一歩、脚を踏み出した。なるほど、そういうことか。私は彼が何に拘っているのか、ようやく理解した。
ロボット三原則。前にジスカルドから聞いたことがある、彼ら知性あるロボットの大原則だ。曰く……
第一条:ロボットは人に危害を加えてはならない。また、危険を見過ごしてはいけない。
第二条:第一条に反しない限りロボットは人の命令を聞かねばならない。
第三条:第一条、第二条に反しない限り、ロボットは自分の身を守らねばならない。
たびたびサジェに追突したQ484は第一条に反している、というわけだ。
「だがジスカルド。その原則が組み込まれていないロボットもいるんじゃあないのか?」
私は後ろから口を挟んだ。ジスカルドは首を振った。
「ミラージュ。Q484は優秀なロボットです。スイッチを入れれば動作するただの機械とは違い、知性あるロボットです。サジェとのやり取りを見ていれば、それが分かります」
ジスカルドの言葉に、私は先日の出来事を思い出した。
浄化装置の修復には時間がかかる、というQ484に対し、サジェはなんとかならないのか、と聞いた。
するとQ484は、その曖昧な言葉を分析し、意味を理解して最適な回答を返したのだ。
「彼は優秀なロボットのようですね」
と、ジスカルドは彼を評したものだ。
「それだけの判断力を持つロボットが、三原則を組み込まれていないとは考えられません。何故なら、三原則はロボットの性能を最適化させるメソッドであり、また安全弁でもあるからです」
「なるほど」
わたしはロボット工学者ではないが、なんとなく、言いたいことはわかった。
だがそれにしても、ちょっとぶつかったぐらいで大袈裟ではないだろうか。
「考えすぎじゃあないのか?」
「そうであればよいのですが、しかしミラージュ。私はもう一つ、確認せねばなりません」
赤いモノアイがギラリと黄金色の重金属を睨みつけた。
「あの"悪魔"たちがサジェや冒険者たちを襲っていた時、Q484。君は何をしていたのです」
一瞬の沈黙。ジスカルドはさらに続けた。
「明確な危険を見過ごすことは、間接的に危害を加えることに他なりません。そしてそれを理解できるだけの知能は、Q484。君にはあるはずです」
無言。楕円形の機械は、沈黙を貫いた。
尋問はそこまでだった。
背後にいくつかの足音が響いた。続いて、賑やかな話し声。
振り返ると、"解放者"の顔がそこにあった。手には件のサルファバリンらしき薬品が握られている。
「手に入ったの?」
跳び起きたサジェが慌てて眼鏡をかけ直した。解放者の元に駆け寄る彼に、またも追突したのはQ484だ。
「Q484!」
「サルファバリン、注入!」
咎めるジスカルドを気にも留めず、管理端末は己の任務に邁進した。
そこからは、目にもとまらぬ職人芸だ。彼は一瞬にして全ての工程を終えた。
少なくとも、彼が優秀なロボットであることは疑いようもない事実らしい。
「これでみんな救われるね!」
サジェ少年は瞳を輝かせてその姿を見守っていた。
だが、その瞳が曇るのは、その数瞬後のことだった。
「最優先任務、達成。優先順位ヲ更新。新タナ最優先任務ヲ遂行」
ロボットは感情の無い声で、淡々と宣告した。
楽園に、黒く長い影が伸びた。