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渇いた風が吹き、ヘックス模様が空から見下ろす。超古代文明の空中都市を舞台に、禅問答のような問いかけに答えるのは、キラーマシーンのR・ジスカルド。
冗談のような光景だが、私も彼も大真面目だった。
問いの内容は、こうだ。果たして、あのロボットは、サジェ少年の友人たりうるか……
「我々機械にとっては、ミラージュ。"友人"をどう定義するかさえ決まってしまえば、その定義を満たす相手を友人と呼ぶだけなのです。ところが彼は恐らく、その定義を持っていないでしょう」
「かつての君と同じように、か」
「はい」
モノアイが縦に揺れた。
「彼は最後に浄化装置を修復した。そのことにサジェは感じ入っていたそうだが……」
「彼は自分の機能を果たしたにすぎません」
ロボットは冷徹に断言した。
予想していた答えではあるが、寂寥とした気持ちが胸をよぎった。
「サジェにも、そう答えたのか」
「はい」
ジスカルドは頷いた。
彼の言う通りならば、あの少年が望んでいた友情も感動も、全て一方的な思い込みに過ぎないことになる。
それが当然といえばその通りなのだろうが……
「しかし」
と、彼は続けた。
「あなた方は不思議な生き物です。機械的な機能履行にすぎない行為を独自に解釈し、新しい定義を与えることができる。そしてミラージュ。これは非常に重要なことなのですが……新たな定義を与えられたロボットは、既に新しいロボットなのです。何故なら、そうであることを求められたロボットは、それに応えようとする機能を持つのですから。あなた方の主観は、我々ロボットを変え得るのです」
ジスカルドは熱っぽく語った。……否。これも私の主観だ。彼はただ合理的に事実を述べたにすぎない。
だからだろう。そこに込められた希望に、私は胸が軽くなるのを感じた。
「サジェにも、そう答えたのか」
「はい」
ジスカルドは頷いた。唇の端が緩むのを、私は抑えきれなかった。
「私には、ジスカルド」
私はゆっくりと言った。
「君たちロボットの方が不思議な生き物に見えるよ。おっと、言葉の綾だ。訂正はいらんぞ」
私は軽く肩をすくめた。ジスカルドは無言で私を見つめ返した。
「だがジスカルド。水を差すようですまないが、君の意見はロボットが人に奉仕するものだという前提あってのものだろう」
と、私は思索を次なる段階に進めた。
「そこなのです、ミラージュ。私にはどうしても納得できません」
ジスカルドもまた同じく思考回路を回転させた。
「あれほどの高度なロボットを生み出すロボット工学者が、彼の陽電子脳に第一条を組み込まない筈はないのです。彼ら自身の安全のためにも」
ロボット三原則第一条。ロボットは人に危害を加えてはならない。
造物主に牙をむくロボットなど、あってはならないというわけだ。
確かに、安全弁も無しに高度な機械を作ることは、鞘の無い剣を造るようなものだ。……最近はそういう剣も多いが、そこは追及するまい。
私は腕組みして思索を続けた。
「ジスカルド。いつの世も、あり得ないことを排除して残った結論だけが真実だ」
「同意します、ミラージュ」
「君は彼に第一条が組み込まれていないなどということはあり得ない、と言ったな。なら真実は一つ。Q484には第一条が組み込まれている」
ロボットが怪訝な顔をするとき、どんな表情を見せるのだろう。今のジスカルドを見れば、それが分かる。
私は構わず続けた。
「もし、Q484を造った者にとって、竜族が人の範疇でなかったとしたら、どうだ? いや、竜族だけじゃあない。我々ウェディも、人間や他の種族も全てだ。全てが等しく地を這う虫のようなものだとしたら?」
「貴方の言っている意味がわかりかけてきました。ミラージュ」
ジスカルドの瞳に光が戻った。私は足元の支援端末に目をやった。
「P109、私の質問に答えろ。お前たちの創造主は誰だ」
ロボットは小さな身体から単純明快な二音の音声を出力した。
「わ・ぎ」
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寒々しい風が吹いた。
神のロボット。彼らが奉仕すべき相手は、ヒトではない。
少年は言った。楽園は我々の住む世界ではないと。その通りだった。
「私の推論が当たっているとしたら、ジスカルド」
私は聖塔を睨みつけた。
「この塔の試練も、かなり過酷なものだと思っておいた方が良さそうだな」
冥闇の聖塔。空から地を穿つように、逆向きに建てられた巨塔だ。
この捻くれた造りを持つ塔を建造した神の御心は、何処にあるのか。
その所在を明らかにするため、私は扉を押し開けた。
固く冷たい手ごたえがグローブ越しに伝わってくる。
低い音が、空中都市に響いた。