
冥闇の聖塔、その最深部にて。
地の神の問いかけに、私は再び頭を悩ませていた。
真実とは、問いかけることにこそ、その意味もあれば価値もある……とは、誰の言葉だったか。
私の隣には、解放者と呼ばれる冒険者達の姿もある。彼らは私より先にここまで辿り着いたはずだが、数々の問いに熟考を重ね、今、ようやく結論を出そうというところだった。
彼らに判断を任せてしまえば、私が悩む必要は無くなるのだが、同時に先に進む権利も失うことになる。
彼らの答えは別として、私も私なりに答えを出さねばならない。

最後のモノリスが投げかけた問いは、こうだ。
ワギが竜族に課した処罰は、正しかったのかどうか。裁定せよ。
塔の最深部に風は吹かないが、私の身体は激しく身震いした。神ならぬ身で神の御業を裁くなど、畏れ多いことだ。私は決して信心深い方ではないが、それにしても、だ。
僧侶のリルリラがこの場にいたら、どう思うだろう。私はアストルティアに残してきた相棒の顔を思い出した。らしくもない、とからかうように笑っていた。
深呼吸し、改めて石碑を凝視する。地神ワギの御言葉が簡潔な書体で刻まれていた。
我が背負いし罪業を裁くべき者を待っていた、と。
この短い言葉は、我々に多くのことを教えてくれた。
竜族に下された神々の裁きと、そこに存在した葛藤。ナドラガンドを封印しつつも、一方で恵みを与え、解放の時を願っていたようなピナヘト神の動向も、これで頷ける。
処刑人の振り下ろす剣には、次のような言葉が刻まれているそうだ。
神の名においてこれを鋳造す。汝ら罪なし。
だが、今回の処刑人は神々自身。誰が彼らを赦すのか。
「神というのは、案外……人間じみた存在なのかもしれんな」
不遜を承知で、私は呟いた。隣で解放者殿が小さく頷くのが見えた。
さて、答えを出すべき時だ。
血の責任。先祖の犯した罪が、子々孫々にまで受け継がれるか?
明らかに、否だ。
が、刑罰には抑止力としての意味もある。
どんな罪を犯しても一代限りで許されるとなれば、捨て鉢となった者がどんな所業に及ぶかわかったものではない。
自分自身よりも大切なもの、自分の守るべきものにまで罰が及ぶとあって初めて思いとどまる者だっているだろう。
そして、いざ罪を犯すものが現れた時、刑罰が実行されなければ、刑罰は抑止力としての意味すら失うのだ。
ワギの決断が必ずしも間違っているとは言い切れない。
では、どう答えればいい。選択肢は二つに一つ。玉虫色の便利な回答は無しだ。
……長い沈黙。こめかみに汗が滲む。
答えの出ない迷宮に入り込みそうになっている自分に気づいて、私は耳ヒレをつねった。
何も哲学問答をしにナドラガンドくんだりまでやってきたわけではない。
今、望まれていることをやればいいのだ。
私はあのカーラモーラを知っている。彼の地で生きる人々の顔を間近で見てきた。
正しさより結果が大事な場合もある。私の答えがどんな結果を生むか。それを考えて答えればいいのだ。
ならば答えは一つ。
私は裁定を下した。ワギは間違っていた、と。
例えワギが間違ったことをしていなくても、私はそう答えなければならない。
聖塔が一瞬、ぐらりと揺れたように見えた。かがり火は小さきものの影を映し出す。
問いかけの試練は、それで終わりだった。
解放者殿は私が悩んでいる間に、既に回答を済ませていたらしい。一足先に塔の最奥、解放の間へと進む彼らの背中を私は見送った。
彼らがどんな筋道で何を考え、何を答えたのか。それは彼ら自身にしかわからないことだ。
ナドラガ教団のエステラ殿も解放者殿に続いた。
この後は最後の試練として、もはや恒例となりつつある守護者との戦いが待っているそうだ。
私は、彼らの後でゆっくりと受けさせて頂くとしよう。
適当な壁に背を持たせて腰を下ろすと、ずっしりと重いものがのしかかってくるのがわかった。
頭上を見上げる。
逆向きの塔の頂から、絶え間なく流れ落ちる涙のように、光の束が降り注いでいた。